第29話 100%
休み明けの学園は未だ何となく浮かれているような和気藹々としたムードが漂っていた。
片づけが終わってしまえば、また明日からいつもと何ら変わりない日常が顔を出すのだろう。グローリア祭とそれに続く後夜祭でそこら中にカップルが出来てしまっているのはある意味必然とはいえ、見てていい気分とは言い難かった。
「浮かれてんな~」
「それアンタが言えるの?」
俺と同じように隣で中がいっぱいに詰まったゴミ袋を重そうに抱えているレイラが冷ややかな目を俺に向けてくる。
後夜祭の時、ナディアと会っていたことが未だ気になっているようだ。正直、男として悪い気はしない。
「ほいよっと」
学園で指定された学園裏のゴミ置き場にあるコンテナの中に自分の持っていたゴミを投げ入れると、レイラの持っていたゴミも受け取りコンテナに入れる。
「言っただろ? 会ったこと自体は偶然なんだって」
「どうだか。はあ、アンタを信じたわたしの判断が間違ってたのかしら?」
「大丈夫だって! 学生の本分は勉強、だろ? ほら、リピートアフタ――」
「お兄ちゃーん!」
「そう。お兄ちゃん。……ん? お兄……ちゃん……?」
ぽす。
知らない声が聞こえたと思ったら、急に右肩に不自然な重力が掛かった。見ると、見覚えのない小さな女の子が制服の右袖を軽く引っ張るようにして寄りかかっている状態だ。
ん? 誰だ、この子。
「ダイキの妹?」
「いや、俺妹いないから」
「……ねえ、ダイキ」
レイラはナイフみたく突き刺すような冷めた声色とその声に引けを取らないほどの鋭い眼差しのダブルパンチを俺に浴びせてくる。
「アンタを信じたわたしの判断が間違っていたのかしら?」
さっきは軽く流してやろうと思っていたレイラの言葉が今は嫌に胸に突き刺さる。
待て待て待て、落ち着け。ちゃんと話せば伝わるはず。本当に覚えがないし、どう考えても冷静に考えると人違いという線が濃厚だろ。
「待て、レイラ。これは人違いだから。俺こんな女の子知らないし。マジで」
綺麗な茶色の長い髪を結ぶことなくそのまま下ろしている少女の表情はこの状況に似合わず、一人だけ涼しげなものだ。
俺は両手を前に出し、必死に抗議するが伝わらないどころか次の少女の言葉で火に油を注ぐ結果となってしまう。
「人違いなんかじゃないよ? ダイキお兄ちゃん」
「…………」
何を言われたのか判断がつかず、とっさに反応できないまま押し黙ってしまう。反応できなかった理由の半分はレイラの目がさらにつりあがったからだが。
「お呼びみたいだけど? ダ・イ・キお兄ちゃん」
べったりくっついてくる少女を振り解くこともできず、俺はそのまましゃがみ込み話を聞くことにした。
「ねえ、名前を聞いてもいいかな?」
「エティの名前はね、エティ・バージェスだよ」
「エティちゃん、か。その、俺とエティちゃんって会ったのこれが初めてだよね? お兄ちゃんってどういうことかな?」
「エティちゃんなんて他人行儀な呼び方は嫌です。エティと呼んでください。それに会ったのが初めてなんてそんな悲しいこと言わないでください……」
エティという少女が俺の耳元に口を寄せる。
少女の吐息がくすぐったいがそこは鋼の精神で我慢した。
「以前ダイキお兄ちゃんが目の前の赤髪の先輩と一緒に魔法の練習を進入禁止の森でしていましたよね? 青髪の先輩に助けられてるところまで見てたんですよ?」
青髪の先輩ってリネットのことだよな。てか、こんな小さな女の子があんな森にいたのかよ。まあ、それは置いとくとしてもまだ俺の質問に答えているわけじゃない。
「それがエティたち兄妹の出会いの始まりです」
大事な思い出でも話すかのようにエティは告げ、抱きしめられている腕にさらに力が籠る。
出会いの始まりって、俺が会ったのってさっきなんだけど。まだ一方的に見られてただけだよね?
「日々学園の平和を守るべく、学外を見回る姿はとてもかっこいいです。グローリア祭でも見事な勝利を収められていました!」
そんなに見られてたのか。全く気付かなかったぜ。くねくねと身を捩らせながら本当に自慢の兄ですと言わんばかりに可愛い笑顔を向けてくる。
「結局なんで俺がお兄ちゃんなのかな?」
俺がエティちゃんの耳元でそう聞くと、これまで黙っていたレイラがゴホンとわざとらしく咳をする。
理由は分からないが俺のことをこんなにまで慕ってくれる少女。だが、つい最近笑顔に騙されてはいけないと学習したばかりの俺だ。同じ轍を踏むまいと気になってバンクルを見ると、俺は自分の目を疑った。
ナディアの時も極端で驚いたものだが、エティも負けていない。だが、数値が示す結果はナディアとは正反対のものだった。
親密度――100%。
未だに信じられないが、この数値がエティの名前の横に表示された結果だ。
これは――ヤバい。
それが最初にバンクルを見た時の俺の率直な感想だった。
何故俺を兄と呼びここまで慕うのかは分からないが、レイラもいるこの状況でこのまま一緒に居続けるのはまずい。
「ごめんね。エティ、ちゃん。俺たちまだ仕事があるから行かなくちゃ! またね」
エティと直接本人を呼び捨てにすることに違和感があり、とりあえずまだちゃん付けしておく。
「ちょ、ちょっと! 何よ」
俺はエティの手を解き、レイラの手を掴むと早足でその場を後にした。
「いくら何でもあんな小さい子にまで手を出してたなんて思いもしなかったわ」
廊下まで来るとレイラが手を振り解く。
「だから誤解だって。俺だってさっき初めて会ったんだよ」
「それにしては二人こそこそと……楽しそうに内緒話してたじゃない、ふん」
廊下に足音を響かせながらレイラは一人教室の方へ向かう。
レイラにはあれが楽しそうに見えていたらしい。こっちは新たな問題に頭を抱えてるっつーのによ。
俺が頭を悩ませる理由がまさに今目の前で起きたような機嫌を損ねるという事態だ。
親密度100%。敵意などまるでない相手を信じ切った好感度。俺が一人の女の子をひたすらに想ってその相手から向けられた好意がこの数値なら少し重いような気がするが問題はなかっただろう。だが、そうじゃない。俺が求めているのはハーレムだ。だとすれば、相手が幼いとはいえ一人の女の子からこんなに迫られる今の状態は余計なトラブルの種にしかならず、良いとはいえなかった。
ハーレムに100%はいらない。欲しいのは好意を抱いているがべったりしすぎない80%の親密度だ。
俺が描くハーレム、その崩壊の危機に抗うべくもう一度俺は一人でさっきエティと会った学園裏のゴミ置き場に向かうことにした。




