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第28話 対象外

 祭りが終わり、次の日。他の学生は皆昨日の疲れを癒すべく自宅で引きこもったり、また今日も楽しく友達と遊んだり、あるいはデートをしたりして休日を過ごすのだろう。

 そんな中、俺は働いていた。


「キティ。気を付けろよ」

「ええ。ダイキこそ私を途中で見失わないようにね。この仕事が無事に終わったら乾杯しましょ」


 キティはふふっと上品な笑みを浮かべながら、俺の頭を撫でてくる。


 そういうのは変なフラグが立っちゃうから止めてほしいが、まあいいよ、俺が守るから。


「ああ」


 唐突かもしれないが俺は恋をしている……のかもしれない。キティの茶髪の長い髪とゆるふわウェーブなヘアスタイルが大人っぽさを引き立たせている。

 俺は多分近くにいてくれるだけで安心させてくれるような包容力に惹かれてしまったのだろう。

 普段学園で話すレイラたちにはない魅力が彼女からは感じられたような気がした。

 それに彼女、俺はレディに年齢を聞くようなミスは犯さないが、どう見ても20歳前後。それにも関わらずミステリアスな部分が俺の心に更なる揺さぶりをかけている。

 本当に彼女は謎だ。路地裏を一人で歩くキティを遠くから見守る。


 ハーレムなんて間違っているんじゃないか。一人に――キティと真面目な恋愛に絞るべきなんじゃないか、そんな考えが俺の中に生まれていた。



× × ×


 俺は寮を通して連絡があり、休日の朝学園の受付にいた。


「スルガさん。おはようございます。昨日見ましたよ! 魔法戦であのナディアさんに勝っていましたね。とても感動してしまいました」


 見てたのか……なんか恥ずかしいな。


「まあ、なんとか」

「おっと、話が逸れるところでしたね、すみません。それで本日の仕事の件なのですが」


 お姉さんは、用意しておいた地図を開き、赤い丸を付ける。


「この辺りに最近女性を強引に連れまわしては派手に暴れまわる少人数の暴力集団があるとの報告を受けているのですが、その集団の拠点の探索とできればその集団の拘束が本日の依頼になりますが、その前にもう一人今日は協力者がいるんで、その方と協力して事に当たって下さい」

「協力者?」

「はい、そろそろこちらに来ることになっているんですが――噂をすれば、来られたようですね」



× × ×



 学園に来たキティとはここに来るまでに色々な話をした。お互いの連携をスムーズにする為にも先に名前呼びを提案したのは、キティの方からだ。

 そんなキティの容姿はお世辞抜きで美人という言葉がしっくりくる。そんな彼女にまあちょっと当てられたわけで俺はこっそりと彼女の隣でバンクルを操作したのだが、そこにはキティの名前が表示されていない。魔力光が出た為故障ではないと思い、とりあえずのところは数値では測れない女性という結論に至った。

 同業者だからというのもあるが、今回キティと組んで仕事に当たっていることにはちゃんと理由もある。

 今回の役割は囮としてキティが単独で行動し、本日のターゲットを誘き出す。そして引っかかってくれればキティとしばらく同行させ、相手がキティと別れ拠点に帰る頃に俺がそれを尾行し、可能であれば無力化した後、学園支給の携帯用通信機で報告といった流れだ。

 この作戦の成功の鍵は最初にキティがその集団と接触できるかどうかだ。

 今までの被害から大体の現れる場所と時間を推測したつもりではあるのだが、そこだけが唯一の不確定要素だった。


「ん?」


 キティに一人の男が接触していた。そして、男に強引に手を引かれたキティの靴が脱げる。

 その靴を履きなおした後、二人は表通りの町の方へ歩いて行った。


 ビンゴらしいな。


 元々キティとは、ターゲットと感じたら一回靴を脱ぐように、それ以外なら靴を脱がずにどっか行き、人目の付かない場所で捨てたらまたここに戻ると決めていた。

 俺もバレないようにキティたちの後ろに続く。

 最近こういうことばかりしていたせいかもしれない。俺は地味に尾行スキルを極めつつあった。もちろん学生とバレないように前の清掃で使ってた作業着に着替え、コートも上に着ている。


「くっそ。イラつくな……キティもよく目の前で我慢できるものだ」


 相手に気付かれないのはいいんだが、店にも入らず何が気に食わないのか看板を壊したり、公園のベンチに蹴りを入れたりしている。


 俺がアイツの隣だったら絶対我慢できねえよ。


 キティといえば、また演技派なのか怯えたフリの上手いこと。

 俺は少し距離を取ると、被害を受けた店の人に内緒という意味を込め自分の人差し指を立て口の前に持ってき、ヒールの魔法で立ててあった看板を修復した。

 店の人も深く頭を下げ、それを背に受けたまま公園のベンチもヒールで直していく。

 これは仕事に入っていないのだが、このくらいはついでにできることだし、人として見て見ぬフリはし辛いからな。


 昼から居酒屋に入り、俺も他人を装って遠くから水を飲みつつ静かに見守る。男は酒を派手に飲み散らかすと、夕方頃になってようやく店を出た。

 因みにここでもいくつかコップを割ったりしていたが、なんとか俺の魔法で気付かれないように直す。

 キティの設定はか弱い女性だ。だから、そんなか弱い女性でも酔っぱらったオッサン相手ならなんとかできると思うこともあるわけで、キティはそのオッサンを突き飛ばし――俺とは反対側に逃げて行った。

 残された男はひとしきり叫んだ後、建物の壁に八つ当たりで蹴り、フラフラとどっかに消えていく。


「ここか……」


 男は誰も客が入らないようなボロボロになった看板の店に入っていった。辛うじてそこがバーということが窺える。そんな寂れた外観にも関わらず、中には何人かの男の声が聞こえてきた。

とりあえず連絡を入れ、中に踏み込もうとすると、後ろから足音が聞こえてくる。


「はーい、ダイキ。ここなの?」


 どうやらキティも回り込んでついて来てくれていたようだ。


「ああ。一応学園の方に連絡は入れといた。今からちょっとお邪魔しに行くよ」

「そう。じゃあ行きましょうか」

「え? いや、こっから先は俺の仕事なんだけど――いてっ」


 キティが軽く指で額を突いてきた。


「こういうのは一人より二人、でしょ? 女が守られて当然なんて考えは古いわよ」


 ウインクしながらそんなことを言ってくる。そんなキティの行動にドキドキさせられ高鳴る胸を抑える。


 俺、やっぱりキティのこと……。


「ほら、行くわよ!」


 いつの間にか、先頭にキティが立ちバーの中に入った。


「何だ、お前たち!」

「女子ども関係ねえ! やっちまえ!」


 中には5人の男がいたのだが。


 ボフッ、ドン、バン――パリンッ。


 入ったと同時に最短距離で五人の男たちを全滅させてしまった。しかも魔法を使わず素手と足で。

 元々綺麗とは言い難かったバーの中は男たちが飲んでいたグラスなども割れていて悲惨な状態になっている。そんな中に一人、キティだけが涼しい顔で佇んでいた。


「これで終わりかな。じゃあ後は任せていきましょうか、ダイキ」


 これで、終わったのか……。次また一緒にキティと同じ現場になることなんてあるのだろうか?


「あ、ああ」


 ガサッ。


 キティがここを出ようと身体を反対に向けた時だった。

 太った男が割れた酒瓶を手にキティへ襲いかかる。見てわかるほどの脂肪がキティの打撃を吸収し、意識を保たせたといったところか。


「ウィンドボールッ!」

「はぁあああっ!」


 俺が握られていた酒瓶を風の弾丸で腕ごと弾き、キティが見事なかかと落としを決める。


「助かったわ。サンキュ! ダイキ」

「どういたしまして」

「ふふっ」

「ははっ」


 俺らはなんとなくお互いの顔を見つめ笑いあう。

 そしてふと、こんなことを思った。キティとなら普通に恋をして、愛し合い、家庭を持つのも悪くないかもしれない、と。

 後から、剣を腰に携えた騎士みたいな派手な服装の人たちが数人来ると、俺たちに挨拶したのち、バーの中に入っていった。この国のお巡りさんみたいなものだ。


 そして、そんな中、俺はついに勇気を振り絞りキティに声を掛ける。


 先ずは清いお付き合いからだ。やっぱりハーレムなんてよくない。


「なあ、キティ。実は大切な話が――」

「やあ、キティ! 大丈夫だったかい?」


 急に後ろから金髪の爽やかな男が声を掛けてきた。キティに。しかも何の躊躇もなく手を握りしめている。


「アラン!? わざわざ来てくれなくても良かったのに」

「そう言われても心配はするさ」


 後からしゃしゃり出てきた顔もイケメンという言葉が合う男は、今更隣にいた俺の存在に気付いたのか、恥ずかしそうに握っていた手を解く。


「あー、えっと、二人はどういったご関係で?」

「同じ仕事のパートナーで夫婦よ」


 何もなさげにキティが放った言葉は、雷撃の如く俺の胸を粉々と打ち抜く。


「夫婦ってあの夫婦?」

「ダイキってば他にどんな夫婦があるのよ」


 俺はバンクルに目を向けた。


「ね? この通りダイキって面白い人だし頼りにもなるから心配もいらないでしょ?」

「そうみたいだね。妻がお世話になりました、ダイキさん」

「あはは、いや、俺は特に何もやってませんよ。ほとんどキティ――奥さんがお一人でやって下さいました」


 俺は愛想笑いを浮かべながらバンクルを睨みつける。


 俺のバンクルは故障したとかキティが数値じゃ測れない女性とかってわけじゃなく、人妻が測れないってことかよっ!


 俺はこの後約束通り呼んでくれたキティの誘いに断ると、一人とぼとぼと歩き、気付けば辺りは真っ暗だった。


 やっぱり、一人に絞ろうとか考えたことがそもそもの間違いだったよ! そんな夢のないことはするものじゃない。それに仕事に私情を持ち込むものでもないしな!


「ハーレムっ! 最っ高ォオオオオ――ッ!」


 俺は改めて心から誓った。ハーレムを作ろうと。


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