第2話 レイラ・ローウェル
バンクルにはモニターが付属されてあり、そこには『レイラ・ローウェル』という名前が表示されていた。
目の前の少女の名前が表示されている部分を見ると他にも親密度と書いてあり、その横には12%という数字が表示されている。
親密度って、目の前の少女と俺との親しさの度合いってことだよな。会って間もないオッサンに12%ってこの子、大丈夫かな。
自分のことを棚に上げ、ついつい目の前のレイラという少女の心配をしてしまう。
「それでダイキはどうしてこんな場所で寝ていたの? それなりに魔物だっているんだし一人じゃ危ないわよ」
何でここにいるのかは分からないが、ここまで心配されてしまっては分かる範囲で事情くらい説明しなきゃ申し訳ないか。
だが、今ひとつ変な単語が聞こえたな。魔物とか……。
おかしな点はいくつもあった。
一つは目の前の少女の名前だ。どう考えても日本人の名前じゃない。
二つ目はこの見覚えのない土地。
そして最後に今聞いた魔物という非現実的な存在。
いや、それだけじゃないな。このバンクルだって変だ。全然外れねえし。
これらの情報から導き出される答えは一つしか考えられなかった。それは、ここが俺の知らない世界、つまりは異世界ということ。
「話す前に一ついいか?」
「ええ」
「ここがどこか知りたいんだが」
「ここはマギア大陸の西側にあるレイボルト草原よ」
全く聞いたことのない場所だった。
「そうか」
レイラは目をキョトンとさせている。
異世界から来たなんてこと簡単に信じてもらえるとは思えない。それなら今の状況に至る理由を不自然にならないように作ってあげるのが一番だろう。
「そんで俺がここにいる理由だっけか?」
「ええ」
「じゃあ簡単に説明させてもらうぞ」
「おねがい。よいしょっ……と」
近くにあった少し大きめの石にレイラは腰を下ろした。そのままこっちをずっと見てくる。聞く態勢に入ったんだから早く話せという事なのだろう。
慣れない視線だが、俺も彼女と目を合わせるように意識した。
今まで、消極的な人生は歩み続けてきた。
そして、人生をやり直したい人にお勧めと書いてあったリライフゲーム。
この歳だ。ハーレムを作るとかは無理かもしれない。だが、異性と積極的に関わるくらい許されてもいいはずだ!
おそらくこの世界にはギャルゲーもないだろうしな。
「じゃあ俺がどうしてこんな場所で寝ていたかだが――――」
俺はバイトがクビになった事、リライフゲームについてのことを一切触れず、複雑な事情で親に家を追い出されてしまったということにしておく。
そして、行く当てもなく歩き回り、空腹の末ここで倒れたということにした。
「ん~、とりあえず、いつの間にかここにいたってことね」
あまり理解できなかったのか、たった一言で片づけられてしまった。
実は、その一言が的確なのがちょっと悲しかったりもするが。
「まあ、そうなるな」
ふと、レイラの指先に目が行く。その指には土が付いていて爪の中にまで土が付着している。そこからレイラが何か探しものをしていたであろうことが窺えた。
普段の俺ならここは気付かないフリをするのが正解なんだろうな……。でもそれじゃここにいる意味がない!
「ローウェルさんも見たところ一人みたいだが、どうしてこんなところにいるんだ?」
「え? あ~そのちょっと散歩に……」
「探し物か?」
「ふぁい? その……まあ実はそうなんだけど。どうしてそんなこと分かったの?」
目の前の少女はツインテールをぴょんと大きく跳ねさせ、石から転びそうになっていた。
「ん、これだよ」
手をレイラの前でぶらぶらさせた。
レイラは自分の手をみると、恥ずかしそうにして、後ろに手を隠す。
「こんなことで……。よくそんな場所まで見てるわね」
「あっ、いや、これは偶然、目に入っただけで別に普段からそんな細かく見てるわけじゃないから!」
『見てる』という言葉につい過剰に反応してしまった。
これじゃ、ただの変態なオッサンじゃないか……。
しかし、気が付いたこと自体はマグレというわけでもなかったりする。
俺が普通に学生でいた頃はサッカーのポジションでボランチをやっていた為、周囲を気にすることは癖になってしまっているからだ。
レイラの顔を見てみると、全く気にしていないようだが。
「ゴホン! それで何を落としたんだ?」
「その、ペンダントを……」
「ペンダントか。何色なんだ?」
「え? 金で、中に母の写真が入ってるんだけど……って、ちょっと!?」
腕をまくる俺を見て少女は素っ頓狂な声を上げた。
「あの、別に手伝ってくれなくていいわ! その手とか、汚れちゃうし、ね」
遠慮するレイラの目を見るのはまだ難易度が高かった為、少し下の首あたりに視線を固定し、俺は記憶の中にあるセリフをそのまま紡いだ。
「大切な物なんだろ? なら後悔しない選択をしろ。人を頼ることは別に恥ずかしい事なんかじゃない」
ヤバい。これは言いすぎたかもしれない。よくよく考えてもみろ。オッサンにこんなこと言われてもただのネタにしかならない。
これを真顔で言えた俺自身が一番ヤバいんじゃなかろうか。
俺が自分のやってしまった行動に後悔し、頭を抱え込んでいる時だった。
「ふ、ふふっ、ふふふふ……」
突然漏れ出てきた笑いを堪えているような声。
やらかした罪の重さで上がらない頭を無理やり上げてみると、以外にも目の前の少女は笑っていた。大声が出ないように手で口元を覆いながら。
「あ、その、ふふ……ごめん。その会ったばかりなのに真剣な顔でそんなこと言うもんだからつい……」
俺の惨めな生き方と引き換えに得た言葉なんだ。そりゃ少しくらい熱が入ってしまうのは勘弁してほしい。
彼女は大きく深呼吸を入れた。
「それじゃあ手伝ってもらっていい?」
「ローウェルさんの膝代くらいは返すよ」
やられっぱなしというのも嫌な為、ささやかな仕返しをしておくことにする。
わずかに頬を朱に染めつつ、スカートを押さえた。
ふくれっ面な彼女の表情は俺を新鮮な気持ちにさせる。
よくよく考えてみるまでもなく、女の子のこんな顔を見るのなんて初めてだ。
「全く……もう。後、わたしの事はレイラでいいわ。それじゃあ探すの手伝ってもらってもいい?」
「ああ、もちろん」
それからレイラに大体落としたと思われる場所を聞いて、付近を隈なく探していったのだが。
おかしい。こんなはずじゃ……。
もう陽も沈もうかという時間。未だに俺とレイラは休むことなく、ペンダントを探していた。
とぼとぼと反対側を探していたレイラがこっちに歩いてくる。
雰囲気から察して見つかったわけじゃないという事は明白だった。
「ダイキ、ありがとう。もうそろそろ暗くなっちゃうしさ、家に帰った方がいいわよ」
家か……。家ないんだよなーこれが。
「あっ……」
俺の苦笑いに帰る場所がない事を思い出したようだ。
「まあ、そういことだから時間の問題は気にするな」
「でも……」
レイラが躊躇するのも当然か。この後どうするか全くのノープランだもんな。
そろそろ住む場所と食料を考えないとご飯抜きの野宿になってしまう。
風もそこそこ強く、夜の寒さは想像することすら憚られた。
「そんなに心配してくれるなら早く見つけようぜ。それが一番だ」
「ダイキ……うん! ありがと!」
よし! これで俺がペンダント見つけたら一食分の飯くらい奢ってもらえるかも!
当てもなく動くよりこれが一番飯にありつく可能性が高いはずだ。
「あっ!」
突然レイラが声を上げ走り出した。
気になってその後を追いかける。
「急にどうした?」
「今この辺で光ったの! 確かこの辺だったんだけど……う~ん、あったー!」
それ、俺の台詞――! ああ、それ俺が見つけるはずだったのに!
レイラはそのロケットペンダントを手に取ると、中を開いた。
写真に写っている人はレイラと似てはいるが、落ち着きを感じさせる柔和な笑顔をしていて大人びた印象がある。
これがレイラの母さんか。俺より多分十くらい上なんだろうけど、若く見えるし、なにより活き活きしてるな。
「そんなに大切なものをどうやったら落とすんだ?」
「え、そのゴブリンの群れと遭遇しちゃって……その逃げる時に一度転んじゃったから。多分、その時に」
ゴブリンってよく雑魚モンスターとしてRPGとかによく出てくるあのゴブリンだよな?
「レイラは魔法とかなんかそういう不思議な力とか使えたりしないのか?」
「使えるけど、その……」
もしかしたらと思ったが、やっぱり使えるのか。この世界に魔法はあるらしい。
レイラが途中で恥ずかしそうに身体をもじもじさせる。口をパクパクさせている姿は魚みたいになってしまっていた。
「その、なんというか……可哀想だから……」
「可哀想ってゴブリンが?」
「どんな生き物だって痛いのは一緒でしょ! もう馬鹿にするなら好きにしなさい!」
襲われてるって状況でもこの子は……。
「別に馬鹿になんかしてないって。ただその優しさはお母さん譲りなのかなって。写真見ただけだけど」
「……。ダイキってホントに変わってるわ。ばーか」
そう言ったレイラの笑顔はどことなく写真に写っていたお母さんと似ていて、やっぱり親子だと思った。
夕陽をバックに見るレイラはどこか幻想的でギャルゲーのCGとして正直成立するレベルなのだが……。
あーこれから本当にどうしよっ!