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第19話 無謀な対話

「リネット。今日は俺が生徒会まで報告に行くよ! 最近何かいろいろやってるみたいだし疲れてるだろ? 少しは休んでくれ」


 放課後の騎士団の報告を俺が行けるようにしつつ、リネットのポイント上げも忘れない。こういう細かい小さな積み重ねが後でとんでもないリターンを生み出す。

 ノーリスクハイリターン。これが俺の理想だ。


「流石にこのくらいは自分でやれるさ」


 律儀なリネットがそう返すのも予想通りだ。


「途中で倒れたりしたらそれこそ騎士団の皆にも示しがつかないんじゃないか? いいから今日のところは俺に任せとけ」

「……そうか。では、済まないが、今日だけは任せることにしよう」

「ああ。任された! ゆっくり休めよ?」

「そのつもりだ。ではな」

「おう」


 俺はリネットの姿が見えなくなるまで手を振った。


 これでナディアと話す理由には十分。重要なのはむしろここからだ。


 俺は表向きは報告ということで一枚の紙を握りしめてナディアのいるであろう生徒会室に向かった。



「失礼します。リネットの代わりに今日の騎士団の報告に来ました」


 生徒会室にはいつも通り一人静かな部屋でナディアが佇んでいた。


 相変わらず絵になる人だよ。ほんと。


「ええ。では報告をお願いします」

「はい。では――」


 俺は間にある机を回り込むようにして過去最高にナディアとの距離を詰めると。


「え?」


 動揺のせいか一歩ナディアが後退った。

 俺はここに来るまでに用意しておいた一枚の手紙を差し出す。


「えっと、これは?」

「今日の報告書ですよ。口頭で伝えるよりこっちの方が確実だと思いまして一応用意しておきました」

「わざわざすみません。ありがとうございます。ではそちらの机に置いといて頂けますか? 後で目を通しておきますので」


 目の前に出したというのに、直接手で取った方が早いというのに、ピクリとも手を動かす素振りすら見せず、ナディアは――この目の前の少女は選んだのだ。自分の手を汚さない方法を。

 まるで最初から相手との一定のラインを決めていて、その線を越えて入ろうとするものを拒むという己のルールがあるかのように。


 そんなナディアの顔を見て俺は戦慄を覚える。


 笑顔。どこまでも笑顔。拒絶しているというのにそれを表に一切出すことなく、完全に内に隠しきっている。役者として一流。多分だが彼女は演じているのだと思う。生徒会長という役を。


 これは正解みたいだな。

 こんなややこしい女、そう簡単に周りが理解できるはずもない。普通に周囲の聞き込みだけじゃダメなわけだ。

 でもさ、だからこそいいんだろ? 苦労せずして手に入るものなんて高が知れている。


 少しでも何か情報がないかとあまり視線を泳がせ過ぎないように注意しながら様子を窺うが気になるところはこれといってない。


 攻めるにはまだ早いか。


「じゃあ、ここに置いときます」

「ええ、今日はお疲れさまでした」


 華やかな笑顔で見送ってくれるナディアだが。


 これ、腹の中では帰れって言ってんだろうな……。


 俺はそんな自分の邪推に応えるように。


「また、明日も代わりに自分がこちらに伺うと思いますのでその時は宜しくお願いしますね」


 そう言って、俺は生徒会室を出ると自分の嵌めているバンクルを確認した。


 うん、知ってた。


 そこに出ていたナディア・オルブライトという名前の横に書かれた親密度。最初に見た時はマイナスを超えていたことで取り乱したが、今はそんなことはなかった。

 俺の心は以前よりさらに下がった親密度を目の当たりにしても冷静そのもの。そこには俺の求めた攻略への鍵があるように思った。



「あー暇だ」

「ちょっと何だれてんのよ。朝からそんな顔見せないでよね」

「って言われてもな……俺いつも何やってたっけ?」


 翌朝、学園ではレイラが朝から俺の顔を見るなりため息を吐いていた。


「なにやってたって……。はぁ、呆れた。そもそもアンタが来るのっていつも講義が始まる寸前じゃない。早く来ても寝てるし。まあ、最近は忙しいのか早く来てはどっかに行ってたみたいだけどね」


 どうやらたった一日のストーキングで俺の生活リズムは乱されてしまったらしい。


 慣れないストーカーなんてやるもんじゃないな。


「そうか」

「ちょっと、なんで言ったそばからすぐ寝るのよ!」

「レイラ静かに。予習してる奴らの邪魔になるだろ」

「ん~~~~~~っ!」


 教室内では数人の生徒が真面目に机に向かって何かを書き込んでいるのは事実な為、レイラも閉口する。


「じゃあ、おやすみ。先生来たら起こしてくれ」


 どんな戦士にだって休憩は大切である。だから俺も来るべき本番に備えるのだ。


 俺は机の上に突っ伏した。


「…………ファイア」


 レイラがぼそりと呟いた。魔法を使ったようだが……。


 何もないな。寝よう。


「ファイア」


 続いてもう一声。

 だが、特に身体に変化はない。


「ファイアファイアファイアファイアファイア」


 淡々と魔法を詠唱するレイラの声だけは聞こえるのだがやっぱり何の影響も――。


「熱いわっ!」


 ないわけがなかった。

 頭を上げると、俺を囲むようにいくつかの火の玉が空中を泳いでいる。


 いや、そんな精密な魔法こんなところで使うなよ!


 無駄に残念なテクニックを披露するレイラはというと。


「ダイキ静かにして。予習してる人たちの邪魔になるでしょ」


 どうやら根に持っていたようだ。



 午後の講義も終わり、騎士団の手伝いをしていた。

 もう何度も顔を出しているが、相変わらずただのお手伝いだ。


 まあ、その方が身軽でいいんだけどね。


「なあ、リネット。今日も俺が報告に行くよ」

「いや、流石に今日は遠慮しておこう。頼りきりも良くないし、そんなに手間というわけでもないからな」


 それは困る。非常に困る。巡回の報告は言ってみれば生徒会室でナディアに会うためのチケットみたいなものだ。それを入手できないとなれば、明日も来ると口にした俺がすっごく恥ずかしい奴になってしまう。


「いやいや、今日くらい休んどけって。まだ目の下に隈ができてるじゃねえか」


 俺の言葉を本気にしたリネットは目を擦るようにして目元を隠し、その後くるりと背を向けた。


 どうにかしなければと、思わず適当なことを言ってしまったが実際はそんなはっきりと目を見たりはしていない。


「できてなど、いない! 昨日休ませてもらった分しっかり睡眠に当てたからな!」


 あーあー、あっちも適当で返して来ちゃったでしょ、これ。隈のチェックなんて今できねえしな。


「本当にそんな顔で生徒会長に会いに行くのか? あと一日くらい休んでもいいんじゃないか?」

「スルガ……やけに必死過ぎないか……」


 じっと見てくるリネットに動揺を悟られまいと。


「ただリネットが無理してるんじゃないかって心配なだけだよ。だからあと一日くらい休んどけって。そんくらい休んでも罰は当たんねえから」


 とりあえず、持てる限り全力の笑顔を振りまく。


「……そうか。じゃあ今日一日だけ、頼む」


 結局リネットは身体ごとこっちに向くことなく去っていった。やっぱり隈が気になっていたようだ。

 チケットは入手した。次からの入手難易度を考えるとここで決めたいところだ。

 俺は再び書類に今日の報告を纏めると、生徒会室に向かった。

 ノックの回数に気を付けつつ、生徒会室に入ると、見ただけではいつもと変わらないナディアが笑顔で迎えてくれる。


「失礼しまーす。今日も巡回報告に来ましたー」

「どうぞ」


 今頃ナディアの中では現在進行形で俺への好感度がどんどん下がっていることだろう。


「では、今日の報告をお願いしてもよろしいですか?」

「えっと……」


 俺は内ポケットから報告書を探す振りをしつつ、直接ナディアに渡せるポジションを獲得するため回り込む。


「こちらが今日の報告結果となります」

「そうですか。ではそこの机の上にお願いできますか」


 何も変わらない昨日と同じ対応。変わったことがあるとすれば、ナディアの中の俺に対する好感がどんどん下がっていくってことくらいだろうが、こちとら元々マイナスの好感度持ち。今更少し減ろうが関係ない。

 それに昨日と変わったところはもう一つある。

 これから会えるチャンスも少なくなっていくだろう。だからこそのここでナディアに近づいて見せるという覚悟だ。


 そもそも俺の新密度はどんどん下がり続けているが、この数値の結果がイコール攻略に遠のいているなんて考えはこれっぽちも抱いてはいない。

 もし、俺じゃなく他の男子生徒の新密度も見れたとしたら、そこにも多分マイナス50%って数値が叩きつけられるのだろう。皆マイナス50%。そんな個性もなにもかもを取り払って出された数値なんて俺は欲しくない。

 俺が求めているのは俺だけに向けられる俺専用の特別な数値だ。


 俺はその時思い出していた。昨日この生徒会室から出たあとバンクルに表示されていた数値を。


 ――――マイナス82%。


 これが昨日までの現実。この一見すると無謀としか思えない絶望的な状況だが、希望がないわけじゃない。


 だって、これ意識されてるって証拠だろ? 好き嫌いの問題は別として。それなら――。


 俺は手に持っていた報告書を握りつぶした。


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