第16話 情報収集
俺は改めて自分の行動を顧みた。
いくら何でもノックの回数であそこまで親密度が下がるなんてことあるだろうか?
そもそもそんな器の小ささじゃ生徒会長なんかになってないよな。めんどくさそうだし。
ってことは他に何か……何か……。
どんなに自分の中に問いかけてみても他に思い当たる節はなかった。
そんなにじっと見ていたわけでもなければ交わした会話も一言二言程度。だが、俺の掛けた言葉だって本当に事務的なものだ。
目を合わせない男が嫌いって事か。いやそれで下がるにしたっていくら何でも限度というものがある。とすると、じゃあ何か、声が不快だったとかか。それならもうどうにもならないんだけど。試しにヘリウムガスでも吸って……って、そっちの方が絶対不快に思われるよな。ヘリウムガスを吸った後の声の方が良いとか言われたらマジで立ち直れる自信ないし。
「あー! くそぉおおおっ!」
何だよ、このモヤモヤは。
ベッドの上にいるというのに眠くなるわけでもなく、ご飯も食べる気がしない。
俺はボサボサになるのも構わず頭を掻くと、気分転換に部屋を出た。
門限がある為、基本無断で外に出ることは禁止されている。俺はフラフラと歩き回り気が付けば男子寮と女子寮を繋ぐ共有スペースの隅っこに腰を下ろしていた。
他の寮生はほとんど夕食に向かったのかここにいるのは俺一人。だけど自室より開けたこの空間が少しだけ気を楽にさせる。
時折共有スペースの近くを通る生徒もいるが、中に入ってくることはなかった。
「ダイキ? こんなとこで何してるのよ」
一人寂しく端で蹲ってる俺を見つけてしまったら、目の前に現れたこの少女なら絶対に声を掛けてくれるという信頼くらいはある。
まだお金を返せてないのが苦しいけど。
「よっ、レイラか。ちょっと部屋に籠ってたら息苦しくなってきてな」
「ちゃんと部屋の換気はした方がいいわよ? アンタの場合は窓開けっ放しにしたまま寝ちゃって風邪とか引きそうだけど」
そういうことじゃないんだけど。まあこれがレイラだよな。
「俺はまあそんなことしねえけどさ、その点レイラは気にしないで済むからいいよな?」
「なんでよ」
「だってバカは風邪引かな――」
――ドカンッ。
俺が端っこに備え付けられてあるソファーに座っているのに対し、レイラは食堂等でよく見かける白い丸テーブルとセットで置かれた同じく白い椅子の上にジャンプして乗っかると。
「んん~? 誰が何で風邪引かないって? もう一度言ってもらってもいいかしら~?」
握りこぶしサイズの炎の球を右手に作りながらそんなことを口元をヒクヒクさせた笑顔で言ってきた。
レイラが椅子の上に立つ姿はその身をもって馬鹿と煙は高い所を好むのだと証明しているようだ。
ナディアと違いはっきりして分かりやすいレイラの行動に落ち着いていると――見えてしまった。いやもうここまで来たら逆に見せに来てるんじゃないかと疑うレベルだけど。
俺の目前に突然現れたのは青と白のボーダー柄の縞パンだった。
「えっと、だからその、ほら使う魔法が炎の類だし!」
「ん? ――ひゃっ! ダーイーキー。覚悟はできてるわよね?」
慌てて顔ごと視線を逸らしたのが悪かったのか、レイラも気付いてしまったらしい。
怒りを隠すこともしなくなった般若のような顔をするレイラを前に俺は無駄な抵抗はせず、潔く目を瞑った。
うん! 人間分かりやすいのが一番!
「死んじゃえ、この変態――ッ!」
そんなレイラの声を最後に俺は意識を手放した。
次の日、学園まで行くと予想をしていた事ではあるが、レイラが睨みつけるように目だけで挨拶(?)をしてきた。
俺は昨日殴られた所為で腫れた左頬を擦りながら苦笑いで返事を返すとレイラの前の席に座る。流石に用意していた炎で叩きつけられたわけではないらしく、火傷していないのが唯一の救いだった。
「おはよう、レイラ」
「…………」
念のために声を掛けてみたものの、レイラはそっぽを向く。
ナディアの事もあるってのにレイラのこの態度に俺の頭痛は言うまでもなく増すばかりだった。
いいさ。一歩一歩確実にやっていこう。
講義中に講師の話をほとんど聞かずに流しながら、今日のプランを練り上げる。
先ず最初にナディアを本当に攻略しなければいけないのかという疑問を自分に問いかけてみたが、答えは決まっていた。
銀髪美少女の生徒会長を攻略しないなんて選択肢はありえない。
それならやっぱり必要なのは一にも二にも情報だ。
未だ話せる知り合いが少ない俺だけど持ってるカードは悪くない。俺は講義が早く終わらないかと思いながら、顔を伏せた。
昨日そのまま共用スペースで寝たことにより自業自得かもしれないが風邪を引いてしまったらしい。
休める時にしっかり休むのは大切なことだ。本番に力を出し切れなければ意味がないからな。そうこれは本番に備えてるだけ。
そんな言い訳にもなっていないことを誰に言うでもなく自分にひたすら言い聞かせながら講師の話している声をBGMに俺は少しの間だけ休息を取ることにした。
コンコン。コンコン。
頭に何度か軽く何かがぶつかったことにより目が覚めた。正確に言うなら何者かの手により目を覚まさざるを得なかったという方が適切だが。
「ダイキー、いい加減起きなさいよ。全くいつまで寝てんのよ」
聞き覚えのある声が未だに頭をポンポンと鬱陶しいくらいに叩いてくる為、仕方なく頭を起こす。
残念なことに『誰だよ』とか言わずに誰がやってるのかすぐに分かってしまう自分がちょっと悲しかった。
まあ、俺、友達少ないし。ってかこのクラスでまともに話せるのなんてぶっちゃけレイラくらいのものだし。
「珍しいわね? 頭が悪いなりにもちゃんといつもは講義受けてるのに今日はずっと寝てるなんて」
「余計なお世話だ」
誰の所為でこうなってると思ってんだよ……。それにこいつだけには頭がどうのとか言われたくないんだけど。
「何? アンタやっぱり調子悪いの? あんまり無理は良くないわよ」
「いや、ちょっと寝不足なだけだから気にしないでくれ」
「……そう。ならいいんだけど。あのさ、昨日はつい――その、ごめん」
「お、俺の方こそその節はありが――済まなかった」
急な態度の変わり具合にこっちまで調子を崩してしまった。
「ねえ、今なんか言いかけなかった?」
「舌が上手く回らなかったんだよ。まあこれで昨日の事はお互い水に流すってことで!」
「そうね。じゃあ、お昼まだよね? 早く行くわよ」
流石にぼっち飯を避けたかった俺はレイラと一緒に偶にだが購買でパンを買って教室で食べたり、食堂で昼食を食べたりしている。
今日はパンが食べたいという事で購買に寄ってから教室に行くことにした。
「ん~これこれ~。美味しい~」
女の子は甘いもの好きというが、それはレイラとて例外ではない。今目の前ではチョココロネのようなパンを美味しそうに頬張りながら、口元を茶色く汚している最中だ。
「ホントそれ好きだよな?」
「ええ! お勧めを聞かれればランキング一位から十位まではこれで埋めるわね」
それもうランキングの意味なくなってんじゃねえか。
まあいい。人は食事時が一番気を緩めるもの。聞くならチャンスはここしかない。
「へえ~そんなに美味いならあの生徒会長とかでも食べたりするのか?」
「食べないわけないでしょ。あ~ん。くぅ~美味し~」
そんな言い切るのかよ……。
「そっか。そこまで美味しいなら今度は俺もそれ買ってみるか。そういや俺がここに入ってそこそこ経つけど未だに生徒会長の話なんて全然聞いたことないんだよな。一体どういう人なんだ?」
「何なの急に? まさかアンタまだ……」
さりげなく聞いてみたつもりだったが失敗のようだ。レイラの疑いの視線がどんどん突き刺さってくる。またストーキングは勘弁だ。
「違うって。自分の通ってる学園のことをよく知らないままにしておくのが気持ち悪いんだよ」
じーっと見てくるレイラの視線に俺もしっかりと向き合う。レイラとならこのくらいは……このくらいは……。
「そう。まあ、知ってる限りでなら話してもいいけど。とはいえ、わたしもほとんど知らないわよ?」
結構危なかった。あともう少し遅ければ、俺から視線を逸らしていただろう。
「ああ、それで構わない」
現段階では情報が少なすぎる。今は少しでも情報が欲しいところなんだ。
あの生徒会長の化けの皮を剥いで、素を引きずりだしてやるぜ。




