第14話 異世界アルバイト(後編)
「い、今の声はエレナ!」
「エレナちゃん!? 俺見てきます!」
今は一分一秒が惜しく神父を待たずしてすぐ休憩室を後にした。
さっきの声は普通じゃない。
俺は急いで声の聞こえた方角に走ると外から知らない声が聞こえてきた。
「おい、調子乗ってっとホントに怪我すんぞ嬢ちゃん? いいからそこをどけ! 次はねえぞ?」
おいおい、顔見えねえけど、子ども相手にマジおっかねえこと言うな。
「やだっ!」
「ちっ」
走ってる途中、窓の向こうでエレナちゃんに数人の男が絡んでいるのが見えた。その内の一人が一歩踏み出す。
くそっ!
このまま素直に扉から出たんじゃ間に合わないと思い、進路を変更して窓に突っ込んだ。
バリンッ。
「ああん?」
「掃除屋さん……」
突然乱入した俺に男たちは一歩引きながらも視線の集中砲火を浴びせてきた。
女でもこれほど同時に視線向けられるのはちょっと勘弁だってのに、それがこいつらだと尚更勘弁願いたい。
こうして向かい合ってみると俺は違う意味で帰りたくなってきた。
この集団、スキンヘッドやモヒカン男しかいないのだ。
おいおい、鉄パイプに金属バットって……この時代に分かりやすいチンピラだな。バイクないのがさらに格好付かないし。数は……十人ってとこか。
「いい大人が小さな子ども一人に群がってなんだ? ロリコン団か? エレナちゃん、立てる?」
「ん」
こくりとエレナちゃんは頷き、とてとてと可愛らしく歩いてきて俺のズボンを握る。
「わけわかんねえこと抜かしやがって。今日からここは俺たちが有効利用させてもらうんだよ」
「イヒヒヒヒッ。そんなことより兄貴、あの嬢ちゃん絶対いい金になりますぜ」
「うぉーい、売っちまうのかよ、もったいないぜ。せっかくのべっぴんちゃんなんだしよぉ~」
「テメェらうっせぇぞ!」
「「へい!」」
後ろの見るからに下っ端臭のする奴がリーダーと思われるスキンヘッドの兄貴とやらに睨まれる。
やっぱロリコン団じゃねえか。
……ん?
他の男たちが武器を持つ中、集団の中でヘッドピンの位置に立つリーダーと思しき男だけは手に何も持ってはいなかった。
「一応お約束として聞くけど、ここは引いちゃくれねえか? お前らにとっては集会所みたいなもんだろうけどさ、ここの親子にとっては大切な場所なんだわ」
「わりいなぁ。こっちもお約束でよ。半端な正義感だけで出しゃばってくるアホどもはぶっ潰すって決まりなんだわ」
「イヒヒヒヒ。兄貴も人が悪いですぜ」
「ホントにな。そんな約束ないっつーのによぉ~」
「そうか……」
まあ、こうなるって思ってたけど。見るからに血の気の多そうな連中だしな。
場の空気が変わったことを感じたのかエレナちゃんの握る手が強くなる。
相手の陣形が逆三角形から少しずつ逆台形になっていく。
「まあ、運がなかったと思ってくれや。やれ」
「イヒヒ。待ってましたぁ!」
「フォオオウ! 行くぜぇ~!」
号令と共に雄たけびを上げながら、一斉に攻めて来る。
「こっちも窓割る羽目になったんだ。ストレス発散付き合ってもらうぜ」
俺は両手に銃のような形を作ると。
「ウィンド」
風の弾丸を二つ飛ばした。
カーンカラカラカラン。
手に持っている金属バットにピンポイントで当て、二つのバットが地面を転がった。
戦闘が止まったことにより後ろも動きを止める。
「は? 何だアイツもしかして――」
「ほお~。テメェやけに自信ありそうな面構えだったけどよ、そういうことか」
下っ端たちが道を開け、真ん中ががらりと空いた。
「何者か知んねえけどこんなボロい教会に魔法が使える奴がいるとはなぁ。でも調子乗りすぎだ。俺は火を操れる。中途半端な風じゃどうにもなんねえよ」
男が片手を俺に向けた。
格闘に自信があったわけじゃなく、魔法が使えるから武器を手にする必要がなかったってわけだ。
「お前にとって相性は最悪だな、おい。ガキと一緒に燃えてろ! ファイア!」
俺は戦闘の最中だというのに転けそうになってしまった。
相性だなんだ偉そうに言っておきながら下級魔法であるファイアを何の応用もなく使ったからだ。
まあ格の差が分かりやすくていっか。
迫りくる火の塊に向かって俺も片手を前に差し出すと少し魔力を込めて。
「ウィンド!」
詠唱後、作業着の袖口からはバンクルが発する光が漏れ出ていた。
「はっ、馬鹿が! そんなのでどうにか――あん!?」
同じ下級魔法同士のぶつかり合い。半端な風を送っただけなら火力は増し、自分の首を絞める結果になっているはずだった。でも、今起きたことに目を見開いているのはリーダー格の男の方だ。
自分が放った火の塊が蠟燭の火を消すように途中で掻き消えたことに言葉を失っている。
そして、俺が放った風はリーダーとその周りに群がっていた子分たちをそのまま纏めてふっ飛ばしていた。
「ストライクっと」
「掃除屋さん……すごい、凄い!」
「おっと」
エレナちゃんが俺の足にがっしりしがみ付いていた。その顔色にさっきまでの怯えの色はなかった。
うん、少女の笑顔が一番だ。こりゃ、笑顔をプレゼントしてくれたロリコン団に感謝だな。
俺は前で倒れたロリコン団を一瞥した。
下級魔法同士がぶつかったさっきの試合には実は仕掛けがあったりもする。
これはレイラのストーキングがなくなった頃の話だが、午後の魔法の実技の時に魔法を使うとバンクルが輝きだし、いつも通りやったのに急に魔法の威力が上がってしまい、その場にいた全員の女生徒のスカートが捲れ上がるという大事件があった。事件自体はいくつかの風の魔法が偶然重なって起きたという事になったのだが、実際は俺一人の仕業だ。
その事件をきっかけに俺はバンクルが魔法の力を上げるブースターの役割も担っているということに気付いた。
俺はこの威力は親密度とも関係してるんじゃないかって思っている。
リネットのコアを分けてもらったことにより手にしたヒールも、おそらく親密度により強化されたからこそ高熱に苦しんでいた母親を助けるまでに至ったのだ。
まあ、なんにせよ俺は強いらしい。威力は中級くらいに対して、発動の速さは下級なのだから。
「後は……っと。エレナちゃんちょっと耳貸してもらっていい?」
「ん……? うん」
首を傾げながらも元気に頷くと、俺の口元に耳を近づけてくれた。
そのままエレナちゃんに小さな声でお願いすると。
「それでここが守れるなら……頑張る」
快く引き受けてくれた。
そのまま俺はロリコン団のリーダーの前まで行くと。
「最初にそっちが殺す気で来たんだ。当然殺される覚悟もできてるってことでいいんだよな?」
俺は容赦なく顔面に向かって右手を出した。
「安心してくれ。お仲間も一緒に連れってってやるから」
「チッ……クソが……」
「じゃあな」
「止めて!」
後ろからエレナちゃんの叫ぶ声が聞こえた。
「掃除屋さん。どんな人でも殺したりしちゃ、ダメ。神様はいつも空から見てるんだよ? だから乱暴は止めて」
「チビ……」
エレナちゃんは正面に回り込み、ロリコン団のリーダーを守るような位置に割って入って来た。
俺は大人しく向けていた手を下げる。リーダーめっちゃ目見開いてるし。
「ははっ……こりゃ降参だ」
俺は両手を上げて見せる。
それにしても神様ときたか。
もちろんこれは俺の指示だ。だが、俺がエレナちゃんに言ったのは合図を送ったら間に入って止めるように言っただけ。そこからはエレナちゃんの完全なアドリブだ。
意外と演技派なエレナちゃんに感心しつつ、俺はリーダーに向かって。
「今回は女の子の頼みだから見逃すけど、次はないと思ってくれ。わかったら仲間を連れてどこへでも消えな」
のそのそと起き上がったロリコン団の皆様が教会から出て行った後、俺は休憩室で神父に土下座していた。
掃除をしに来たはずの俺が緊急事態だったとはいえ窓を割ってしまったのだから当然と言えば当然の事だ。
戦いの中、神父が一向に姿を見せないと思っていたら焦り過ぎたあまり椅子に躓いて腰を痛めてしまったらしい。そこは俺のヒールで治したのだが。
「顔を上げてください。エレナを助けて頂いただけでも本当に感謝していますので。ほらエレナ」
「掃除屋さん、助けてくれてありがと」
「でも、窓が……」
破片を集めても俺のヒールで割れた窓ガラスまで修復することはできなかった。もっと俺が魔法を使いこなせるようになればなんとかできるかもしれないが、今はどうしようもない。
「いいんですよ。貴方が壊してしまった窓は替えがあります。ですが、貴方が守って下さったこのエレナはそうじゃない。もっと自分を誇って下さい」
「そうだよ。掃除屋さんが悪くないのは神様もいつもちゃんと見てくれてるから」
いつも見られてると罰が当たりそうでちょっと怖いけど、そう言うエレナちゃんの微笑は天使からのギフトといっても差し支えないほどほっこりと心に染み渡ってきた。
「お二人にそう言ってもらえるならこれ以上は気にしないことに……しようと頑張ってみます」
「はははっ。その調子では無理そうですな。なら一つだけお願いしていいですかな?」
ああ、ただ許してもらうよりそっちの方がずっと精神的に楽だ。
「ええ。俺にできることでしたら」
「なら暇な時で構いませんので、時々こちらに足を運んで頂けませんかな。見ての通りエレナもすっかり懐いておりますので」
俺はエレナちゃんを見る。
最初に出会った時は神父さんの後ろに隠れているだけだった。それが今では俺の足にしがみついているという状態だ。
こんな可愛い子に会いに来いと言われれば選択肢は一つしかない。
「それはむしろこっちからお願いしたいくらいですよ」
「決まり、ですな」
「掃除屋さん、約束」
小指を出してきたエレナちゃんに俺の小指を絡める。
「指きりげんまん嘘ついたら骨千本飲~ます。指きった」
この世界にも指きりげんまんなんてあったんだな……今すっごくいい笑顔でめっちゃえげつないこと言ってた気がするんだけど、そこは気にしないことにしよう。
「では、そろそろ暗くなってきたんで今日の所は帰らせてもらいますね」
「ああ、気を付けて」
俺は屈んでエレナちゃんの頭を撫でると。
「エレナちゃんは遠くない未来にシスターになってるかもね。じゃあ、また来るから」
神父とエレナちゃんに別れを告げると、俺は持ってきた掃除用具を持って一人寂しく事務所まで帰った。
自分の部屋に戻った時には寮で規定されている晩御飯の時間も過ぎていて、何も食うことなく風呂に入るとすぐに眠り、翌日学園の受付に俺は呼び出された。
紹介して一日しか経ってないというのに、呼び出しをくらう俺を見て流石のレイラでさえ驚く始末である。
俺は受付のお姉さんに何を言われるか怖くなりプレッシャーに負けて開口一番に謝ることにした。
「すみませんでした!」
「え?」
頭を下げる俺に予想外とばかりのこの反応。
「えっと、その、窓ガラスの件とか……」
「ああ、そのことですか。確かに災難でしたね。お疲れ様でした」
「え?」
てっきり怒られると思っていたのだが、そんな素振を見せないどころか労われてしまった。
これはどういう事だ?
「昨日の夜に連絡が入りまして、清掃に向かった相手方からお礼の通信が事務所に入ったそうなんですよ」
神父さん……。
じわりと心に温かいものを感じた。俺が怒られないのも多分神父さんのおかげなんだとなんとなくだけどわかってしまったから。
「それで昨日事務所の方と話したんですけど、スルガさん。貴方を解雇することになりました」
え?
俺は聞き間違いをしたのではないかと自分の耳を疑った。
一体さっきまでの話はなんだったのだろうか。
「そして――」
お姉さんが続けて口を開くが、もう正直どうでもよかった。
「スルガさんにはこれから掃除屋をやってもらいますね。次からの掃除対象は人ですけど」
「人!?」
「今回の件でそういった荒事を処理する能力を高く評価しての転職みたいなものなので先程は解雇と申しましたが、実際は昇進したくらいに考えてください。給料も危険なだけあって高いですから」
「そうですか」
俺はそっと胸を撫でた。
全く脅かしやがって。ん、待てよ? じゃあ、俺はこれから稼ぐために毎回危険な目に遭わなくちゃなんねえってことか。学校が生徒を危険な目に遭わせていいのかよ……。まあ、難易度は流石にちゃんと考えてくれるんだろうけど。
「では、以後こっち方面の掃除はその都度こちらから伝えますので、はいこれを」
お姉さんから受け取った資料には地図があった。その地図には一ヵ所だけ赤い丸で囲ってある場所があった。
「この丸が付いてるのは?」
「さっそく今日の放課後のお仕事になります。その辺り一帯を最近縄張りにし営業の邪魔になっている集団がいるのでそのお掃除をお願いします。」
「……はい」
何の躊躇もなく笑顔で人を掃除とか言っちゃうこの受付のお姉さんが俺的に一番怖かったりする。やっぱり色々とこのお姉さん苦手だ。
「では、殺さない程度にお願いしますね。それと作業着はそのまま持っていて結構だそうです」
この人の脳内に話し合いで解決とかはないんだろうか。
「了解です」
俺は学園の講義が終わると、地図の場所に向かった。
遠くから見てもわかるほど、そこに溜まっていたのはロリコン団と同じ臭いがする連中ばかり。
一度深呼吸の後、そいつらに接触することにした。
俺は掃除屋だ。掃除するのは人になっちゃったけど。
こうして俺の異世界でのアルバイト生活も幕を開けた。




