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第13話 異世界アルバイト(前編)

 学園から少し離れたとある町の寂れた教会まで俺は一人で足を運んでいた。

 手にはバケツと雑巾、それとモップを握っている。

 何故そんなものを持っているかって? 答えは至ってシンプルである。


 俺は掃除屋だ。


 この俺が掃除屋なんていう仕事を始めなければならなくなったことには海より深い理由があったりする。

 何故こんなとこにいるのか俺は床をモップ掛けしながら思い出していた。



× × ×



 俺はレイラに借りたお金を返すべく仕事を探すことにした。

 女子の、それもハーレム候補のヒロインの一人にお金を借りるという最低の行為をしてしまったからには一刻も早くお金を返すというのが貸してくれたレイラに対して俺が出来る唯一のことだ。


 俺が仕事を探すために最初に思ったことがある。


 ハローワークはどこですか?


 先日のリネットとのデートの帰りに色々な店の貼り紙を見て回ったのだが、アルバイト募集の紙などは出ていなかった。

 店の人に聞けばいいだけの話なのだが、正直どこも人で溢れかえっていたし、聞くのも恥ずかしかった為断念してしまったのだ。

 こういう時に頼れる相手が少ないというのは実に悲しい。ネットがあれば全部解決するのに。


 俺の後ろの席では講義が終わって帰ろうとしているレイラがいた。

 なんでもレイラ頼りで情けないが、正直まだクラス内でまともに話せる相手がレイラだけの為自然と相談相手も絞られてしまう。


「なあ、レイラ」

「何よ?」

「ハローワークみたいなのってないか? 仕事がないか探してるんだ。こんなことレイラに頼るのも変だけど他に頼れる人もいないからな」

「ふ、ふーん。そうなんだ。そのハローなんとかっていうのはよくわかんないんだけど、仕事を探してるんだったら学園の受付に行けば、何とかなるんじゃないかしら。そこで何人かの生徒は仕事を見つけたって話も聞いたことあるしね」


 魔法を使えるこの学園の生徒たちは重宝されているってことなんだろう。

 受付か……。あのお姉さんなんか苦手なんだよなー。まあ背に腹は代えられないし、行くしかないか。


「そうか。サンキュ!」

「わたしも仕事探してみよっかな――ってちょっと!」

「じゃあ、行ってくるわ!」


 何かレイラがぼそぼそと呟いていたが、軽く手を振って教室を後にすると、俺は受付に向かうことにした。


 あーやっぱりあの人だ。


 俺の職業安定所には見慣れたやけに身体をベタベタ触ってくるお姉さんがいた。


 ここの受付ってあのお姉さん以外いないとかじゃねえよな……?


「あら? どうしました? 再検査ですか?」

「いえ、違います。あの、ここで仕事の紹介してもらえるって聞いたんですけど」

「ああーそうですか……できますよ。ご希望等はございますか?」


 何か残念そうな態度に見えたけど気のせいだよな。うん、気のせいということにしよう!

 それにしても希望か……。コンビニのバイトくらいしかやったことないけど、正直もっと人と関わらないで済む楽な仕事がしたいと思っている。それで給料が高ければ後は何も文句は言うまい。


「えっと、あまり人と関わらず、できるだけ時給が高いのでお願いしたいんですが」

「ん?」


 うわ、いい笑顔。これなめてんのかって言いたいんだろうな。


 俺は笑顔に隠された無言の圧力に負け、きっちりと姿勢を正した。


「その、できるだけ一人で集中してやれる仕事を紹介してほしいんですけど」

「そうですか。それならですね――」


 近くの棚からファイルを取り出し、パラパラと迷うことなくページを捲る。


「ここなんていかがでしょうか?」


 そう言って、お姉さんは笑顔で俺にその仕事先を勧めてきた。別に文句もないのですぐに了承する。

お姉さんから仕事先に連絡を取ってもらい、そのまま事務所までの地図を受けとると、その地図を頼りに直接行ってみたのだがすぐに俺は頭を抱えることになった。

 事務所の外観が既に荒れてるのだ。

 

 おいおい、清掃業がこれでいいのかよ。


「あぁん? お前が社長の言ってた新人か」


 中に入ってみると、身長が180くらいの両手をポケットに突っ込んでいる金髪の大男がいきなり低い声で話しかけてきた。


「今日からお世話になる駿河大輝です。よろしくお願いします!」

「そうか。おい後輩。まあ、今日は初めてってことで用具の場所とロッカーを教えてやる。ほらっ」


 この先輩は俺の名前を覚える気もなければ、自分の名前を教える気もないという空気がひしひしと伝わって来た。

 投げ渡されたのはおそらくここで指定されている作業着だろう。


「以上だ。後はやれんな?」

「……はい」

「じゃあ俺は先に帰らせてもらうが、チクんなよ? これは後輩の習慣なんだ。昔俺もやらされた」

「……はい」

「声が小せぇー」

「はい!」


 先輩は俺に手短に用具の使い方をレクチャーし、仕事関係の書類だけ渡すと、どこかに行ってしまった。

 書類には現場の場所や仕事内容、今日の作業人数が書かれている。

 

 本日の作業人数は二人。これは俺の貰った資料に書かれている情報だ。何が言いたいかというと俺は仕事を全部押し付けられてしまっていた。さっきのチクるなとはこのことだ。ホントもう辞めたい! 絶対あの先輩もやってたとか嘘だし!


 先程からここで他の人の姿は見えないが、あの先輩だけとは思えないし、どっかに出かけているのだろう。

 俺は諦めて仕事の準備に取り掛かる。

 予想はしていたが、ロッカーのある更衣室はお世辞にも綺麗とは言い難い部屋だった。


 まあ、あんな先輩が使ってると思えば納得できなくもないか。


 作業着に着替える。袖から手が出ず、ズボンの裾も地面に付いてしまっていた。


 ブカブカじゃねえか……まあ、いいけど。

 着れさえすれば何でもいいと考えられるのは俺の数少ない長所だ。


「はあ、行くか」


 俺はバケツと雑巾とモップを持って、現場へと向かうのだった。



× × ×



「はあ、本当になんで俺がこんなことを……」


 こうなった理由を思い出してみると、特に海より深い理由ではなかった。精々このバケツくらいだろう。


 教会の椅子を全て拭き終えると、次は窓拭きである。


「はあ、この広さ……二人でも少ないだろ」


 確かに人と関わらずに済むよ。済むけどさ、これってただ押し付けられただけじゃん!

 そもそもこんな場所に人なんて来ないだろ……。


 ギィイイイ。


 鈍い音が教会内に響き渡る。

 黒い衣服に身を包んだ白髪の男性が中に入って来た。その足元には後ろに隠れるようにしてぴったりとくっついている金髪碧眼の白いワンピースを着た少女もいる。

 一人は入る時に挨拶したここの神父さんだが、後ろの女の子は神父さんの子どもにしては少々歳に差がありすぎるような気がした。

 俺がいくら考えても仕方ないことなので、それ以上は気にしないことにする。


「……お父、さん……」


 神父さんが少女の頭を撫でた。まるで猫みたいに少女は気持ちよさそうにしながら目を閉じている。


「わざわざすみません。一人で大変なことでしょう。少し休憩されてはいかがですかな? 何もない所ですが、お水くらいならご用意できますよ」


 こんな仕事さっさと終わらせたいところだが、せっかくの厚意を無駄にするのも憚られ、俺は頷いた。


「いえ、これも仕事なので。では、一杯だけ頂きます」


 神父さんは優しい笑顔で俺を休憩室に案内してくれると、すぐに水を出してくれた。

 先程までべったりだった金髪の少女はいつの間にかいなくなっている。

 対面に座っていた神父さんが水を飲んでコップをテーブルの上に置くと、少し目を細めて話し始めた。


「こんな教会がどうしてまだあるのかと不思議に思いませんでしたかな?」

「いえ、そんな!」


 本当は思ったけど! でも、まあ先輩への八つ当たりみたいなもんだしセーフ(?)かな。うん、先輩が悪い。


「ここもね、昔は参拝者が大勢いたんですよ。でも、いつからか段々とこの教会まで足を運んで下さる方々も減り、今では訪れる者などほとんどいなくなってしまいました」

「そうだったんですか……」

「七年前にエレナ――さっきまでいたあの子の名前なんですが、朝の掃除に出ると、当時赤ん坊だったエレナは教会の外で一人眠っていました」


 ああ、なんとなくわかってきたぞ。


「捨て子、なんですね。じゃあエレナっていう名前は」


 神父はゆっくり首を縦に振った。


「私が付けたものです。あの子はこんな私をお父さんと呼び慕ってくれる。ここがあの子の家なんですよ。だから私はここを手放したくはないんです」

「エレナちゃん、神父さんにホントよく懐いてますからね。とっても幸せそうでしたよ」

「ははっ。ありがとうございます。本当は自分でこの教会の掃除もやりたいんですが、歳を取るにつれ段々と身体を動かすのが辛くなってきてしまいましてね。情けなくてすみません」

「それは仕方ないことですよ。エレナちゃんの為にも無理だけはしないであげてください」


 分かります。分かりますよ、神父さん! 俺も年を重ねるごとにギャルゲーを買うためとはいえ、チャリで職場に向かうのがきつくなりましたから。


「では、お水ありがとうございました。では作業に戻らせて――」

「きゃぁー!」


 周りにはこれといってとくに何もなく静かだった教会の中にははっきりと叫び声が聞こえてきた。


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