第12話 デートのスパイス
所詮は子どもの足だ。普通なら簡単に追いつけただろう。
だが、なかなか距離を詰められずにいた。店と店の間の狭い道に入り込み、立て掛けてある木の板などを片っ端から倒しては進路を塞いでいるのだ。
相手は子どもということもあり、下手に攻撃するわけにもいかない。
ああー、めんどくさっ!
リネットの前で良いとこ見せたいが為に動いてはいるが、実のところ興味はそれほどなかった。
「この道は……」
リネットが小さく呟いた。
「スルガ。お前はこのまま追ってくれ。私は回り込んで退路を絞る」
「了解!」
普段先ず通らないであろうこんな裏道の地図までリネットの頭の中には入っているのかと感心する。
奥で狭い道が左右に別れていた。
「マユカ! こっちはダメだ!」
子どもたちは左に曲がったと思ったら、引き返し右の通路に引き返そうとしていた。そこを俺が塞ぐ。
「はい、チェックメイト。鬼ごっこは終わりだ」
「下がれ、マユカ!」
「お兄ちゃん……」
呼び方からしてどうやら二人は兄弟のようだ。
マユカという妹の方は兄の左手をギュッと握っていた。
「どうしてこんなことをしたのか教えてくれないか?」
回り込んで反対側にいるリネットが目線を子どもたちの高さに合わせるようにしゃがみ込みながら尋ねた。
けれど一向に心を許す素振りはない。
リネットもどうしたものかと頭を悩ませている様子だった
このままじゃ埒が明かないな。
俺は一歩前に進み、子どもたちとの距離を詰めた。
「ん――――?」
俺に叩かれるとでも思ったのか、目の前の少年はギュッと目を強く閉じた。
そんな兄の方の頭の上に少し雑に手を乗っける。
「え……?」
少年が変に声を上げ、目を開いた。
俺は乱暴に頭をクシャクシャと撫でてやる。
本当は後ろの少女にも同じことをしようと思ったのだが、なんか触れてはいけない気がしてしまい止めておいた。
俺もリネットのように少しでも警戒を解こうとしゃがんで話すことにする。
こんなのは俺の柄じゃないんだけどな。
「君はそこの子のお兄ちゃんなんだよね?」
こくりと控えめに少年は頷いた。
「妹を最後まで背に庇うのはお兄ちゃんとして合格だ」
個人的にはそのままブラコンの超絶美少女として数年後に俺の前に現れてくれるのが理想的だ。
「だが、それ以前に妹を危険な目に遭わせるってのは論外だ」
「…………」
俺の言葉が効いたのか少年は俯くだけだった。
「なんか理由があるんだよな?」
「お兄ちゃんは悪くないよ!」
「マユカ……」
今まで後ろで震えてるだけだった少女が急に声を上げた。
「マユカがね、一緒に連れて行ってもらうように頼んだの! お母さんが、元気になる、お手伝い、したかったから……うぅ、グスン……」
段々と少女は涙声になっていく。
「お母さん?」
確認のためにリネットが聞き返す。
少年は泣いている妹の頭を撫でながら首を縦に振った。
「昨日、倒れたんだよ……。でもお金がないからご飯も用意してあげられなくて、このままだとお母さんまでいなくなっちゃうって思ったから」
病気か何かだろうか? 言い方からして既にこの子たちのお父さんはもういないのだろう。
「話は分かったけど、そんな店から盗んだもの食べてお母さんが元気になっても喜んでくれないと思うぞ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
最初はリネットに良い所を見せたいという一心で追いかけたが、今は違う気持ちもあった。
自分がちっぽけだと理解してるからこそ、やり方は間違っていたけど何とかしようと子どもなりに足掻いていたんだ。
でも、俺の言葉じゃ多分この子たちには届かない。それなら俺も人生を掛けて得た他人の言葉でこの子たちに伝えるしかない。
大丈夫だ。答えはギャルゲーが教えてくれる。
「なあ、口があるのは何でだと思う?」
少年は首を傾げるが、俺は話を続ける。
「俺は人に助けを求める為だって思ってる。人一人にできる事なんて高が知れてるからな。でも、どんな辛い状況でも声に出して助けを求めれば手を差し伸べてくれるお人好しの誰かが一人くらいは現れるかもしれないだろ? だから口はあるんだ。その誰かと出会うために」
脳裏には右も左も分からなかった俺に色々教えてくれたレイラの姿が浮かんだ。
まあ、あの出会い方は特別すぎるか。
「だから盗んだ分の代金は払っとくから、後でちゃんと店のおばさんに謝るんだぞ?」
「うん……」
「ごめんなさい……」
兄妹が揃って頭を下げた。
「よし、顔を上げろ。これも出会いだ。もしかしたら助けられるかもしれないし、お母さんの元まで俺たちを案内してくれないか?」
さっきあんなことを言った手前、ここで見て見ぬふりをするわけにもいかない。
ヒールの魔法がどこまで効くのかは分からないが試してみる価値くらいはあるだろうしな。
「「……うん!」」
兄妹はお互いの顔を見合うと嬉しそうに返事をした。
子どもたちを先頭にリネットと二人並んで歩く。
「スルガは、その、子どもの扱いが上手いんだな。私じゃこんな上手くはいかない」
「そんなことないさ。それに上手くいくいかないはこれからだ」
「そうだな。それより何も手伝えずすまない」
「気にしないでくれ。適材適所ってやつだろ」
「ここだよ」
話しているうちに少年の声が聞こえた。目的地に着いたらしい。
「お母さーん!」
妹の方はすぐに奥で眠っているであろうお母さんの元へ行く。
商店街の狭い裏道をぐねぐねと進んだところに彼らの住まいはあった。
簡単に言ってしまえば木製の小屋だ。ボロボロで所々木が腐ってしまっている。
家の中では身体を冷やさないように布を一枚だけ被ったお母さんの姿があった。
お母さんの方も痩せ気味でまともな食事を取っているとは思えない。
意識はあるみたいだな。そんじゃやってみますか!
「ちょっと下がってもらっていいか」
母に縋り付いていた妹を兄が下がらせる。
俺は兄弟のお母さんの傍らで膝を付くと、足先から頭まで状態を見た。
詳しい医療の知識とか分からないけど、熱はあるみたいだな。
俺は布の上からお腹の辺りに手を置いた。
落ち着け、大切なのはイメージだ。
「ヒール!」
俺はこの母親が元気になる姿をイメージしながら全身に行き渡るよう魔法を掛けた。
ヒールによる魔力光以外に右の袖口からも光が漏れる。光源は腕に嵌めているバンクルからだ。
「お母さん……」
後ろからは妹の心配そうな声が聞こえた。
期待には応えないとな!
俺は乗せている手にさらに強く魔力を込める。
しばらく使っていると、段々と顔色が良くなってきているのが分かった。
「こんなものか。多分これでさっきより大分楽になったと思うぜ」
「スルガ、お前は――」
「お母さーん!」
「んっと――心配かけて、ごめんね」
起き上がったお母さんの胸に妹が吸い込まれるように抱きついた。兄は恥ずかしいのか抱きつくことを躊躇していたが、結局は胸に飛び込んだ。兄妹の表情は会った時と比べたらかなり穏やかなものになっている。
せっかくの家族の時間を邪魔するのも悪いと思い、リネットと静かに外に出た。
「分かってるかもしれないけど、根本的な原因をどうにかしないとまたあの子たちの母親――いや、今度はあの子たち自身も倒れるぞ」
「ああ、分かっているさ。その辺は任せてくれ。少し当てがある」
「そうか……」
リネットを見てると、何か違和感がある。
「あっ!」
風で靡いたリネットの髪を見てその違和感の正体に気付いた。
「リネット……その髪……」
「あ、その、これは」
リネットの髪からはいつものポニーテールがなくなっているのだ。
目を伏せがちだったリネットが深呼吸したあと、覚悟したような目でこっちを向いた。
「本当にすまない! せっかく買ってもらったというのに追いかける途中に引っ掛けてしまって……」
ポケットから見覚えのあるヘアゴムを取り出してきた。それは確かに俺がプレゼントしたヘアゴムなのだが、切れてしまっている。
これは言い難いわな。なんか俺ってやること全部裏目に出てないか?
女の子のこういう顔は嫌いだ。
別に俺はこんな顔をさせたかったわけじゃない。
「一生懸命やった証拠なんだから、そう気にしないでくれ。そういう人の為に全力で動けるリネットだからこそ俺はすごいって思ってるんだし。だからこれからも困った人にすぐ手を差し伸べられるそんな優しくて頼れるリネットでいてほしい」
「だが……」
心なしかリネットの目に涙が溜まっているような気がした。
やっぱり俺の言葉じゃ届かないか……。
現実はギャルゲーのように上手くはいかない。いや、もしかしたら選択肢を間違えていたのか。
また買ってあげてもリネットの心の傷が治るわけじゃない。寧ろまた一つ爆弾を背負わせてしまうだけだ。
ん? 待てよ。治る……?
頭から頬、頬から顎先へ汗が伝って地面を濡らした。
俺の考えが正しければこの状況を乗り切れる。でも、失敗したら?
先の事を考え言葉を声に出す前に喉に詰まってしまう。
空気に呑まれてしまったのか無意識に俺も俯いてしまっていた。
そこで身に着けている制服の袖が少し破けてしまっていることに気付く。
多分、追いかけている時に木の板とかに引っかかってしまったのだろう。
やってみる価値くらいはありそうだな。
「ウィンド」
俺はリネットに聞こえないようにかなり声を抑えて魔法を使った。
バサッ。
俺が起こした風により捲れ上がるスカート。同時にリネットの短い悲鳴も上がる。
俺はパンツを拝む暇もなく、破けた袖の部分に手を当てた。
「ヒール」
これもリネットに気付かれないように小声で詠唱する。
リネットは風が治まるとさっきとはまた違う意味の泣きそうな目でこっちを見てきた。
「今のは見えなかったから。マジで」
こんなセリフ吐く奴は大抵見たって疑うのも分かるが、今回に限っては本当にこれっぽちも見えてはいない。見たいか見たくないかで言えば前者だけど。
俺は誤解だと両手を軽く前に出して左右に振りながら、袖の破れていた部分を確認すると――よし、直ってる!
俺が槍からリネットを守った時も血がべったりで気にしていなかったが制服が破れていた気がする。いや、間違いなく破れていたはずだ。
元の服の形をイメージしながらやったからこそ、袖も直ったのだろう。
これならいける!
「えっと、それよりリネット。ちょっとそれ持ったままじっとしててくれるか」
「あ、ああ……それは構わないが」
言われた通りに差し出されたリネットの両手の上に切れたヘアゴムが寂しくポツンと置かれている。その手にあるヘアゴムを上から手で覆う。
うおっ……。
予想以上に柔らかいリネットの手に微かだが触れてしまい、変な声を漏らしそうになるのをなんとか抑える。
「ヒール」
「え……?」
俺が唱えた魔法に驚いたのかリネットが目を見開いた。
反応から察するにリネットもヒールの使い道を生き物だけに当てはまるものと考えていたのは明白だ。
ヒールによる魔力光が消えると、俺は上に被せていた手を退けた。
そこには俺がプレゼントした時と同じ形のヘアゴムが置かれている。
「これは」
「ほら、元通り」
リネットは胸元でギュッと握りしめると、それを使って髪をいつも通りのポニーテールにした。
「すまなかった。次は絶対に大切にさせてもらう」
絶対って命でも懸けそうな勢いだな。まあ、律儀なリネットらしいけど。
「そう思ってもらえるだけでプレゼントした甲斐があるよ」
「ふっ、お前ってやつは。それにしても、ヒールにあんな使い方があるとは思わなかった」
まさかさっき実験してみたとは言えるわけもない。
「なあ、スルガ」
急にリネットの声のトーンが少しだけ変わった気がした。
「さっきの母親の高熱を治した異常な早さ、それに今さっきの魔法。とても少し前まで魔法が使えないとか言っていた奴には思えない。お前は一体、何者なんだ?」
31歳独身の駿河大輝です――なんて言えないよな。
自分からは何もせず、ただひたすらギャルゲーだけをプレイして生きてきたダメ男だ。
でも、その結果今があると思えばそれも悪くない。
「ただの臆病者だよ」
「……そうか」
俺の答えを聞き、リネットの周りの空気が和らいでいくような気がした。
「変なことを聞いたな。すまない、気にしないでくれ」
「いや、いいさ」
「今日はこの辺で解散するとしようか。あの親子たちの事もあるしな」
「そうだな。完全に任せっきりになってしまうが悪い」
「何を言っている? 適材適所――なんだろ?」
リネットがクールにウインクを決めながら、そんなことを言ってくる。
「……はは。そうだったな。じゃあ、後は頼むよ」
俺は先に帰ろうと歩き始めると、呼び止められた。
「あまり役に立てなかったかもしれないが今日は楽しかった。じゃあ、また学園でな」
「おう! こっちこそ楽しかったよ。ありがとな」
そう言って再び歩き出し、俺の姿がリネットから完全に死角の位置に入ると俺はずっと気になっていたバンクルを確認した。
リネット・ブルームフィールドの親密度は――61%。よっしゃ!
数値が上がった嬉しさについガッツポーズしてしまった。
今回のデート、色々なアクシデントがありはしたが結果的にその刺激のおかげで大成功したといってもいいだろう。
予め大体のデートコースを決めておくのもいいが、こういう予想通りにならないこその進展ってのもギャルゲーでは必要なスパイスだ。
さてさて、帰りますか!
俺はほとんど空と言っていいポケットの中身を漁りながら、一つだけ確信した。
バイト探さないとな。




