第11話 初デート
寮から歩くこと一時間。
リネット案内の元、思いの外長かった道のりを歩き、俺は町の商店街に来ていた。
本当は馬車みたいな交通手段もあるにはあるのだが、いかんせん金が全くない為、徒歩でここまで来ることにしたのだ。
「おおー! ここなら一通り揃えられそうだな」
今までの生活範囲が学園と寮だけだったこともあり、こういう新しい場所に行くのはなんだか新鮮な気分にさせられた。
「学園の生徒のほとんどが買いたいものはここで揃えているからな」
「そうなのか。まあこの人ごみなら納得だが」
一本の大きな道の両側に店が連なっているのだが、ここからだとその道が果てしなく続いているんじゃないかという錯覚を覚えるほどだった。
どこの店も人で溢れかえりそうなほど賑わいを見せている。
「こりゃ、今日中に全部回るのは無理そうだな」
「そうだな。じゃあ、今日は軽く外から見て、気になるものがあったら入ってみるって流れでいいか?」
「ああ。その辺はリネットに任せるよ」
こんな感じで俺らのデートは始まったのだが。
数分後。既に俺はリネットにこの役を任せたことを後悔せずにはいられなかった。
「なあ、こんなのがスルガの部屋にいいんじゃないか?」
リネットはピンクのソファーを指さし、何か確信を持ったようなキラキラした目でこっちを見てくる。
「あ、あー、良いと思うけど……それより、こっちの方が俺は――」
「ああっ! これなんかも合いそうだな!」
俺がなんとか修正しようとするも、そんな間もなく次から次へと新しい物を見つけては指さしてくる。次にリネットが指したのはピンクの熊みたいなぬいぐるみだった。
ここまで来ると、もう断言してもいいだろう。
リネットのセンスは当てにできない、と。
多分リネットは普段の見かけに反して可愛い物好きなのだろう。
このままリネットに任せていては俺の部屋が可愛い系一色で染められていくに違いなかった。
「あはは……そうだな。それは次にこっちに来た時に考えとくよ」
こんな感じで流しながら、俺たちの買い物は始まった。
昼になってお腹が空いてくると、リネットのお勧めだという喫茶店に向かう。
行ってみれば満席ではあるものの、それほど待機列は長くない為最後尾に並んだ。
「ここって……」
列に並んでる他の客たちは男女二人組がほとんどだった。
ガラス越しから見る店の内装もとても華やかでデートには打ってつけの場所だろう。
デートを意識してここを選んでくれたなら俺としても嬉しい。嬉しいんだが……。
「どうかしたのか?」
「ん、いや、何でも、ない」
動揺のあまりつい、チラチラとリネットの方を見てしまっていたらしい。
俺は聞こうか迷っているうちに店員に声を掛けられ店内に入ると、空いている丸テーブルの席に案内される。
店に入ってからもどうしても気になってしまい、リネットの方をまともに見れなくなっていた。
隣の席では。
「あーんしてぇ~」
「あーん」
「きゃー! 初あーんだね! ちょっと恥ずかしいかも……」
また、反対側の隣の席でも。
「ねえねえ! これ一緒に飲も? ね?」
「ったく、しゃーねえな」
「やった!」
後ろの席ですら。
「やべっ! 零しちまった」
「もうー、服まで汚してー。拭いてあげるからじっとしてて」
「……サンキュ」
カップル。カップル。カップル。
見渡す限りのカップル率にこめかみを抑える。
リネットに周りを気にする素振りは一切なかった。
今の俺たちは男女二人。だから別にここにいても場違いというわけではないのだが、どうしても気になる二つの可能性を考えてしまう自分がいる。
一つは既にリネットに付き合っている人がいるという可能性。そしてもう一つは、こんなリア充御用達というようなこの店にリネットが一人で通っているという可能性だ。
もし後者だった場合、俺は泣かずにいられるだろうか……。そりゃ彼氏がいるのも嫌だけどさ。
こんなんじゃダメだ。それに攻略相手のステータスはいくつ知っていても損するなんてことはないはずだしな。
「リネットはここによく来るんだよな?」
「ああ、そうだ。ここの料理は低価格だというのに美味しくてな」
「やっぱりリネットも家族と来たりするのか?」
「騎士団の依頼でこの地域付近に寄った時に来ることが多いから一人だな」
「お、おう。そうか……」
俺は静かに顔を上に向けた。
「どうした? 体調が優れないなら無理しないで今日は解散してもいいんだぞ?」
リネットが心配そうに声を掛けてきてくれる。上を向いたまま戻さないでいるこの不自然な恰好を気に掛けてくれているのだ。
でも、俺が上を向いてるのは体調不良なんかじゃない。零れそうになる涙が流れてこないようにしているのだ。
だって、女の前で涙なんか見せたくないもん。
「あー、いや、内装が本当に綺麗だなと改めて思っただけだから気にしないでくれ。そんなことより今度からここに来る予定があるときは俺も呼んでほしいかな。その日の予定は空けとくからさ」
「そうか、スルガも気に入ってくれたんだな。ここのパスタは美味しいから是非食べてみてくれ」
自分が可哀そうな人なんて考えはこれっぽちもないんだろうな。
うん、もうリネットはそのままのリネットでいてくれ。
リネットが身を乗り出すようにしてメニュー表をこっちに見せてくるから胸元のスペースがエロいこと――いや、えらいことになってしまっていた。
青い下着がチラチラと見え隠れする。
俺は凝視しすぎないように視線を逸らし、リネットにお勧めのパスタとやらを注文してもらった。
「なあ、今の店員のお姉さんとは知り合いか?」
「顔に見覚えはあるが、話したとはないな。それがどうかしたのか?」
「いや、聞いてみただけ」
注文を取る時の店員のお姉さんはリネットが注文をしている時も何度かこっちを見てきて笑顔を振りまいてくれていた。
去り際、注文を終えた時のお姉さんの顔もどこか安堵した様子。おそらくリネットがいつも一人で来ていることを覚えているのだろう。
大変ご心配をお掛けしてしまい、すみません。今までありがとうございました。
お互い一人でここを訪れるリネットを心配する者同士として、お姉さんの背中に向けて心の中で謝罪と感謝の言葉を呟くと、俺たちは料理が運ばれてくるのを待った。
食事を堪能し、再び商店街を歩きまわっているのだが俺の内心はとても穏やかとは言い難い。理由は今の進展具合の所為だ。
本来なら食事中にもっと雰囲気を作り込み、午後にもっと距離を詰めていきたかったのだが、結果的にリネットを心配するだけで終わってしまった。
何かやらねば……。
焦って回りを見渡すと、すれ違う人と人の間に小物店を見つけた。
「ちょっと、ここで待っててもらっていいか?」
「構わないが、どこに行くんだ?」
「あー、ちょっとお花を摘みに、かな」
「この辺に花屋なんてないぞ?」
なに、これ、伝わんないの!? んー他には……。
「……お手洗いに行かせてくれ」
「そうか。じゃあここで待っているから行ってきてくれ」
できるだけデート中はスマートに行きたい為、かなり言葉を選ばされた。
初デートでトイレに行きたいなんて直接言いたくないし。
俺は店に入ると、時間をあまり掛け過ぎないように早歩きで商品を探し、目当ての物を買うとポケットに突っ込んでから、店の前で待つリネットの元へと戻った。
「待たせてすまん。リネット、手を出してくれるか?」
「手を?」
リネットがゆっくりこっちに手を差し出してくる。その手の上に俺はさっき買ったものを置いた。
「これは?」
「ほら、リネットの大分痛んできてたからな」
そう言って、自分の後頭部を指す。
「よくそんなところまで見ているものだな」
リネットは髪を解くと、俺が渡した青のヘアゴムで髪を纏める。
嬉しさと恥ずかしさに胸が熱くなるような感覚が込み上げてきた。
まさかすぐに付けてくれるとは……。おっと、ボーっとしてる暇じゃないな。
「うん。素材がいいから何を付けてもやっぱり似合うな」
「そうか……その、ありがとう」
「どういたしまして。そんじゃ行くか」
人が多い故に生まれる逆らい難い波に身を任せながら、なんとなく歩き続けていた。
途中で相変わらずリネットの感性の爆発っぷりというか可愛いもの好きが何度か炸裂していたのだが。
結構歩いたおかげで、どこにどういうものがあるか大体の把握は済み、これから必要な家具の目星などはつけることができた。さて、これからどうしよう。
「リネットは何か欲しいものとかないのか? あるならそっちの買い物にも付き合うぞ?」
「いや、これといって特に欲しいものはないな」
「そっか」
元々ショッピングが目的ではあるが、いまいち盛り上がりに欠ける。
ん~何かねえかなぁ。
イベントを求めて俺が周りを気にしている時だった。
「こら! アンタたち!」
突然、奥の方からおばさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
職業病なのか、すぐさまリネットが声のした方角を覗き込むように見る。
俺も気になって一緒に端から覗くと、果物を売っている少し太めのローブに身を包んだおばさんが顔を皺くちゃにさせていた。
おばちゃんの視線は更に奥を走っている二人の子どもに向けられている。その手にはおばさんの店にも置かれているリンゴのような赤くて丸い食べ物が握られていた。
あーあー、確かに何かないかって探してはいたけども!
俺はこの後の展開を容易に想像できてしまった。リネットの目が子どもたちの方に釘付けなのだ。
それなら利用できるものは全部利用するに限る。
「行くぞ!」
リネットが切り出してくる前に自分から切り出す。
「その、いいのか?」
「ああいうのを放っておけるタイプでもないのは知ってるよ」
リネットがふと笑みを浮かべた。
「すまない」
「気にすんな。そんなことより見失う前に早く行こうぜ」
「ああ」
俺たちは人の流れが完全には形成されていない端っこから子どもたちを追うことにした。




