表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金目姫  作者: 辰野ぱふ
3/13

クラウドの家族 (3)

「ねえ、ジョシュ。もう、天気予報士は、バコバコリでは必要な仕事じゃあないのよ。そう思わない?」

「え? だけど…」

「だけどじゃないのよ。こんなに皆に嫌われて、外に出るのさえコソコソして…、天気予報もできないのに、続けていても意味がないわ。そう思わないの?」

「だ、だけど…」

「もう、ほんとに、あなたってなんでそんなにトロいのかしら…」

 ミューリがぴりぴりしてくると、ジョシュはさらに小さくなって、小さい声で、

「ごめん」

 と言うしかなかった。

「ねえ、ジャッカライの工場で聞いたんだけど…」

 とミューリが話し始めた。ジャッカライとは、ミューリが働きに行っているパン工場だった。

「ジョンギョンの港の向こうにせりだしている、スーメルク岬の先に、氷の館があるの、知っているでしょ?」

「え? ああ。ぼんやり晴れの日に見えることがあるね」

「あそこではいつも、働く人を探しているらしいの」

「えええ? 何の仕事?」

「何かを探す仕事らしいの…」

「えええ? だけど、あの岬に暮らすスーメルク人は気が荒いって話だけど…」

「そうなのよ」

「もしかして…、ぼくにそこに行けって言うの?」

「そうなの。何人かの人が働きに行っても、続いたことがないっていううわさ」

「そ、そんな所にぼくが行くの?」

「だって…。あなた、ほかにできることがあるの?」

「だけど、ぼくが行ってしまったら、シャシュとチャヌはどうするの?」

「だって…、あの子たちはもう保育学校に行ったっていいのよ。そのほうが、ほかに同じような年の子がいるんだから、家にいるより、ずっと楽しいと思うわ」

「そうかな…」

「そうよ…。毎日毎日、同じ本をずっと読んで暮らすより、いろいろ新しいことも覚えられるし、歌も歌うだろうし、ダンスもじょうずになるわ」

「ちぇっ。ぼく、いやだな。そんな、だれも続かない仕事なんて、ぼくが続くわけないじゃないか! だいいち、ここから通うことは無理だよ」

「あたりまえじゃない! 氷の中をあんな遠い所まで通うことなんかできないわよ!」

「ね、そうだろ!」

 ジョシュはなんとか抵抗して、今の生活を続けたいと必死で思っていた。

「あなたがスーメルクに住み込んで働くに決まっているじゃない!」

「ええええ! ぼくが!」

「そうよ!」

 ミューリがぴしゃりと言った。ミューリは本気なのだ。

 彼女はいろいろなことができるし、何をやってもパキパキと早くこなせる。おまけに声が良く歌がうまくて、昔はサルクネリのパブで歌姫だったのだ。サルクネリのパブでは時間ごとにいくつものステージがあって、いろいろな歌姫がやって来ては歌っていたれけど、その中でも特に、ミューリの歌声はつややかで、だれもの心をとろけさせた。

 ジョシュはミューリが出る日、出る回に通って、通って、ステージが引けると出口で待っていて、どんなことでもすると誓って、一生ミューリを守って幸せにすると誓って、そして一緒になったのだ。でも、今の状態ではミューリがどんなことでもやっていて、ジャシュにはほとんどできることがなかった。

「ね、ジャッカライの工場に週に一度、氷の館から大きな買い出しのソリがやってくるの。ジャッカライのだんな様が言っていたのだけれど、スーメルクで働こうって思っている人がいたら、いつでもそのソリに乗ってスーメルクまで行けるそうよ」

 ジョシュはしばし黙ってしまった。

「ジョシュ、聞いてるの?」

「聞いてるよ。まさか、君がそんなことを言うなんて、信じられない。どんな仕事かもはっきりわからないというのに、ソリに乗ってそこに行けなんて、そんなこと言うつもりじゃないだろうね?」

「だって、あなた、ここでこうしていても、何も解決しないわ」

「じゃあ、スーメルクに行けば解決するんだ! そうなんだ!」

 ジョシュは精一杯の抵抗をした。

「解決なんかしないわよ!」

 ミューリはそう大きな声で言うと、子ども部屋のドアをいきおいよくバタンと閉めて、出て行ってしまった。子どもたちが眠りながら、びくっと動いた。

 まったく何なんだろう、とジョシュは思った。ジョシュは今、やりたくてこうなっているわけじゃないのだ。どうしようもできないから、ここにこうしているっていうのに、ミューリにはそれがわからないのだろうか?

 ジョシュはすやすや眠っているシャシュとチャヌの寝顔をのぞいた。この二人と遊んでいるのなら楽しいし、それに、楽しいって言ったって、ちゃんと二人のトイレのせわだってするし、溶かしたお湯で汚れた物を洗濯するくらいはできるのだ。それ以上のことをミューリが望んだって無理だ。

ジョシュはしばらくとろとろ火の前であれこれ考えてから、おそるおそる夫婦の寝室のとびらを開けると…。なんと、ミューリが泣きながら荷物を詰めていた。

「な、何しているんだい?」

「あたしがスーメルクに行くわ」

「えええ?」

「だって、賃金がいいんですもの。ジャッカライの工場で働くより倍以上のお給料をもらえるんですもの」

「そ、そんな…」

「あなたがジャッカライの工場で働けばいいんだわ。あそこの仕事だって、そんなに楽ってことばかりではないのよ」

「だ、だって…」

「もういいの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ