夢見の家 回想6
メガリスの中は一個の確立した空間だった。
通路を構成する石壁にはすべて柔らかい光を発する石が使われており、ただひとつの部屋まで一直線につながっていた。
部屋は祭壇の間とでも呼ぶべき内装になっており、外にある石柱とは比べ物にならないほどの輝きを放つ巨大な紫水晶が中央でその存在を誇示していた。ただその巨体には何かが抉り取られたような後がむごたらしく残っていた。
そしてその部屋の隅にはこの部屋にあるのが不思議なほど異質な、真っ黒な石が部屋の端と端、向かい合うように置かれている。オニキスにも似た黒色の石の表面は鏡のように磨き上げられており、紫水晶とそれとの間にたつ二人の姿をしっかりとその表面に映し出している。
『道ヲ見ツケニ来タノデスカ?』
その声は、外にいたときよりもずっと明確に二人の耳に届く。その口調は静かで、まったく狂いなど感じられなかった。
「あなたがたが主なる星と呼ぶ地球へ帰る道を見つけるためにきた」
理の言葉に水晶内の光が悲しそうに、だがその言葉を予測していたように緩やかに明滅した。
『ワカリマシタ、貴方ガソウ望ム以上、私ニ止メル術ハアリマセン』
少しの沈黙の後に発せられた言葉に威は違和感を覚えた。
本当に、『水晶』は狂っているのか?本当に狂っているのなら、通路など閉ざして、自分たちを帰す術など隠すのではないだろうか。
理も同じ考えなのか知りたくて威は視線を祭壇から義兄の顔へと戻した。その横顔はすでに威と同じ結論にたどり着いているように見えた。
『シカシ、私ノ能力ハ既ニ大半ガ失ワレツツアル……コノ世界ガ何者カニヨッテ狂ワサレタ時カラ、ソシテ『彼女』ガ心亡キ者に奪ワレテシマッタ時カラ……能力ノ汚染ガ始マッタ』
どこか達観した言葉で告げられる言葉に威は一抹の不安を感じ取った。
何かが拙い方向に向っている。それだけがひしひしと自分の上に伝わってきた。
『私ニ従ウ能力ハ後ワズカ……今ノ私ニハ一人ノ人間ヲ運ブ能力シカ残サレテイマセン』
贖罪をするように告げる『水晶』の言葉に、威は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
不安はやはり的中した。そして次に理から発せられる言葉も彼には予測がついた。
「威……お前が地球に帰るんだ」
元から……この結末を知っていたかのように、理は淀みなくその言葉を発した。
「エアルが、翼を残したということは俺がこの世界に残る未来を知っていたんだろう。だから……」
「やだ!絶対にやだっ!!二人一緒に帰るんだっ!理が残るっていうんなら、俺も残る」
理をこのままこの世界に残すわけにはいかなかった。
地球とは違い、『闇』の特性を持つだけで『狩る対象』となるような世界だ。更に最悪なことに彼は『闇王』としての力を持っている。
こんな世界に彼を置いていけばどれだけの苦痛を味合わされるか予測がつく。
まだ『光王』としての自分なら迫害など受けない。なのにどうして、『天使』は彼に自分の羽を託したのだろう。
その心配を伝えようと、言葉にしようとするけど、威の口から出るのは「いやだ!」という単純な否定だけだった。
「義父さんや義母さん、由宇香を悲しませるのか?」
説得する理の言葉に、威の肩が小さく反応した。それを宥めるように義兄の手は優しく彼の頭を撫でてくれる。
「威が残るより俺が残ったほうがいい。順応能力だって俺の方が優れてるしな」
明らかな嘘に威は講義するように視線を上げた。
見上げるとそこには自分と同じように辛い別れを前に無理して笑っている理の顔があった。
「山下を一人にするのか?」
理はやっと自分とかち合った威の目をじっと見詰め、最後の札を切った。
誰よりも優しくて、心に少なからず傷を持っていた威・恵吏……そして、理の心を埋めてくれた幼馴染の彼を一人に戻すことなど自分たちにはできやしない。
洸野と一緒に暮らしている兄とその婚約者……もちろん残っている麻樹家の人間だって彼を慰めることに努力は惜しまないはずだが、彼が人に言えない孤独に苦しむことは自分たちが一番知っていた。
───慰めてくれる人に『大丈夫』と笑って応えながら、心の中でずっと泣きつづけることを。
「やっぱり、理が帰ればいい」
確かに義兄と離れるのは寂しいが、威にはその方がいいように思えた。
すごく久々の更新です。その上、『至空の時』のりライト部分をまだ抜けていません。
いや、抜けてないから異様に時間がかかってしまうのですが……ああ、言い訳がましくなっていく。
次の次くらいで『回想』部分を抜ければ、また『現在』の部分になるのでもう少し更新が早くできると思います。