夢見の家 回想5
麻樹威 十六歳・初夏――――
あの忘れられない運命の日、威は義兄・理とともに見知らぬ世界に飛ばされた。
いまだファンタジーのような生き物が残る世界の名は『キュスリア』――――そこで彼らは一人の女性とであった。
さらりと揺れる美しく長い栗色の髪と新緑の美しい瞳、そして何よりも特徴的な大きな白い羽を持つ『天使』の巫女姫・エアル=セリシア。
自分たち兄弟のことを『王』と呼び、威がこの世界に戻るための道筋を導いてくれた彼女は、旅の最後でその命を散らした。
狂ってしまったメガリス・イルの暴走を一時的に止め、振り返った威の前に白い羽が降っていた。
大量に、まるでその向こうにいる義兄たちとの間を遮るように舞い散る羽。
それが自分たちをかばったエアルのものであると解かるのにそれほどの時間はかからなかった。
幻影のように舞う羽は地面に落ちては溶け込まずにすぅっと霧散してゆく。それが今失われてしまった彼女の命のように見える。
そして何よりも威に衝撃を与えたのは義兄の背に生えた一対の大きな白い羽の存在だった。
血まみれのエアルの死骸を抱きしめている彼の背中にはエアルが持っていたはずの大きな翼がその存在を誇示していた。
「ど……して」
大地に流れる彼女の長い髪は血に染まってどこか薄汚れていた。
流れ落ちる大量の血液は大地に拒否されたように彼の足元に溜まってゆく。
初めて間近に見る人の『死』というもの。自分たちもエアルたちも無事に、絶対に無事に戻れると思っていたのに、これはどういうことだろう。
(俺が……俺が、イルの暴走を止めるのに手間取ったから)
自責の念が激しく身体を貫く。
自分のせいで、彼女は命を落としてしまった。
自分のせいで、彼はあんな姿になってしまった。
ぴきっ………何かが内側から壊れる音がした。
それに附随するように外側からカシャン……カシャン……と何かが外れていくような音がした。
自分たちへと呼びかける声がする。
一部だけ正常に戻ったイルの発する焦りの声────、それを意識の淵で聞きながら威は自分たちを攻撃し様としているメガリスの防御システムを見上げた。
「あ……あああっ!」
未だ、自分たちを攻撃するために力を貯め始めた水晶に自分の枷が外れていく。
ガシャガシャガシャガシャ……ッバキッバキバキッ
閉じられていた扉が一気に開き、光の本流が威の身体の奥から放出された。
その光は四方八方に放たれながら、自分たちを攻撃しようとする水晶を粉々に砕いていく。
やがてその全てが打ち砕かれると、今度はその場に存在している自分以外の人間へと……一番近くにいた理へとその牙を向けた。
だが目の前の彼は勢いが増した威の力を振り払うように一蹴すると混乱したままの彼の身体を渾身の力抱きしめた。
「なんで……んで……」
威は泣きじゃくるように優しい理の肩口に頭を押し付けた。
こんなことになるなら、自分たち二人でこの場にくればよかった。自分たちだけならば、絶対に犠牲者など出るはずもなかったのだ。
威は縋るように理の背中に手を回す。その指先に本来ならばありえないもの……白い羽の付け根が触れた。
それは不思議なことにシャツを擦り抜けて生えており、まるで元から存在ことが当たり前のように存在を誇示していた。
「威様……理様……」
慰めてくれる理の背後からおずおずとした青年の声が自分たちを呼びかけた。金色の髪の森の民・リデルはまるでかけがえのない宝物でもあるかのようにしっかりと彼女の遺骸を胸に抱いて自分たちの方へと近づいてきた。
威は慰めてくれる理の腕をはずして貰うと、リデルの腕に収まっているすでに事切れた彼女の姿を確認した。
エアルの体は傷だらけだった。それなのに、顔は傷ひとつなく驚くほど綺麗だった。それが痛ましさを倍増させている。
威の横に立つ理はその姿をただ黙って見つめていた。
感情を写さない瞳、泣き叫ぶこともできない心。もしかしたら遥か昔のトラウマがまた彼を苛んでいるのかもしれない。
沈黙が瞬間、自分たちを包んでいた。
『早ク、私ノ中ヘ……防衛装置ガ復旧シマス』
しかしその沈黙の時間も長くは続かなかった。焦りを示したメガリスの声に理は決断した。彼はリデルを水晶の防衛システムの範囲外へと出るように指示をすると威のほうに向き直った。
「威、行こう。エアルの開いてくれた道だ」
理の発した決断の言葉に威は小さく頷いてみせた。
本編『至空の時』の第24話『散羽』の部分のリライトです。本編は理視点よりなので、こちらは威の視点よりです。
もともと威の一人称で書いていた文章だったので書き直すのにだいぶ時間がかかりました。
まだまだ回想シーンが続きまづので少し生暖かい眼で見守ってください。