夢見の家 回想4
威が屋敷に入ると弁えたようにメイド頭の神木美智子が出迎えてくれた。
その後ろには若いメイドが数人、深々と頭を下げている。
「お早いお帰りでしたね」
「うん、早退した」
申し訳なさそうにいう威に美智子は穏やかな笑みで答える。
「良弘様からご連絡がありましたので、存じ上げております」
その言葉に威は英語の次の授業が父親の受け持ちである化学であることを思い出した。
(まずかったかなぁ……)
後悔してみても今更遅い。が、それもしかたないかと思い、威はずんずんと自分の部屋へと向かって歩を進めた。
「母さんの今日の予定は?」
「たぶん、夜遅いかと……」
最近、母・実は何かに取り付かれたように仕事をこなしている。なんとなくその理由も察知できるので威は文句も言わずに「そう」とだけ返した。
「それじゃ、俺、部屋にいるから……」
彼はそれだけ言い残すと足早に二階へと続く階段へと向かった。階をあがると幾つものドアが並んでいる廊下にでる。
その一つ、自分のものとは違うが見慣れたドアへと威は足を向けた。
義兄・理の部屋。そこは彼がいなくなった時のまま時間が止まったかのように何も変わらない状態で保存されていた。
掃除もきちんと行き届いており、整理整頓されたその様子に今にも理が戻ってきそうな感覚さえ与えてくれる。
威は床に自分の鞄を放り投げると、落ち着いた色で纏められたベッドに腰をおろした。
サイドテーブルへと視線を向けると、そこには見慣れた写真があった。確か去年の自分たちの誕生日の際に全員で撮ったものだ。手にとって見ると懐かしい笑顔がこちらを見ていた。
「理……由宇香……月路」
写真を指差しながら今はここにいない人物の名前を呼ぶ。
写真の中には威や洸野の姿もある。今とは段違いなぐらい明るく、悩みも感じさせない笑顔。実際、それほど大きな悩みなんて持っていなくて、ただ連綿と続く幸せを甘受していた。
(全てが楽しかった。みんなみんな、いつも笑ってた)
写真を何度もなぞりながら考えた言葉に、威は苦笑した。すべてが過去形だ。
「理……この間、由宇香が逝ったよ。最期までお前に会いたがってた」
幼い命は、長らくの闘病も虚しく散ってしまった。
「月路がね、『日本に帰りたいけど帰らせてもらえない』って泣いてた。あいつが泣くなんて、どれぐらいぶりかな」
自分たちはただ5人一緒にいられればそれだけで幸せだった。
それすらも、今では難しいことになっている。
まずは、父親の都合で月路が……そして、あの初夏の日の出来事で理が……そしてこの間由宇香が次々にここから引き離されてしまった。
「俺も、お前に会いたいよ……どうすれば取り戻せるのかまだ全然手がかりすら見えないんだ」
呟かれる、寂しい現実。微かに唇が震える。
目じりにたまった涙は、堪えきれずに珠を結んで頬を転がり落ちた。
「俺一人に戻っちゃったよ、この家の子供は」
幼い日、自分しかいなかったこの家。忙しい両親に甘えることも出来ずに我慢していた日々。そこに理が来た。少し距離をおいた友人だった洸野は理との関係の中でどんどん身近になって、そして3人で月路を見つけた。それからまもなく、由宇香も生まれて……。
昔に戻ったのだと諦めきれるほど、威は強くなかった。
「ちゃんと、手の中に全部あったはずなんだけど、なぁ」
威は手にしていた写真をサイドテーブルに戻すと、止まらない涙を隠すようにベッドへと突っ伏した。
「どうすれば、取り戻せるのかな……」
繰言のようになども呟きながら、威は眠りの淵へと落ちていった。
やっと序盤が終わりました。威は泣き虫になっています。
由宇香は病気が原因で亡くなっています。心労もあったかもしれませんが、もともと寿命がそこまでしかない設定です。
本当は『〜回想5』までupする予定でしたが、半分以上を打った時点で保存したところ、失敗して消えてしまいました。あうううう。このノート、調子悪いから。
また、気を入れなおして打っていこうと思います。