夢見の家 回想2
瞼を下ろすと懐かしい思い出が脳裏に蘇る。
『今のはやりすぎだぞ。幾らいけ好かない人間が相手でも八つ当たりするよくない』
夏休み前、威が先生相手に問題を起こすと苦笑しながら義兄は話し掛けてきた。
だいたいその後ろには理の親友で幼馴染の洸野が『理が言える立場か?』とばかりに笑いをかみ殺していた。
『威の言い方は直接過ぎるんだ。もっと遠まわしに、だがぐうの音も出ないぐらいの言葉じゃないとまた同じことが繰り返されるだろ』
『俺、理みたいに性格悪くなれないし……』
的確なのかそうでないのか微妙な指摘に威が反論すると理の口元がひくりと引き攣った。洸野に至っては笑いを完璧には押さえることが出来なくなり、肩を震わし、腹を抱えながら身悶えていた。
『お義兄ちゃんにそんなことを言う口はどの口かな?』
理はそんな洸野を一瞥した後、生意気な義弟の頬をむにぃっと摘んだ。
『ひはい、ひはひっぅ…』
当たり前の日常、当たり前の風景。
いつまでも、いつまでも続くと思っていたそれらは、今では遠く昔の過去のようにも感じる。
「あっれぇ?威ちゃん、お眠なの?」
楽しい思い出をかき消すように現実の声が頭上より掛けられる。軽々しく肩を叩かれて、威は不機嫌な表情丸出しで身を起こした。
威の目の前にいたのは余り見かけない少年がたっていた。
(確か……隣のクラスの)
威は自分の記憶を辿り、彼の名前を思い出す。
そうだ、B組の谷口とかいう人物だ。お調子者で目立ちたがり屋、自分が物事の中心に近づくためなら他人の迷惑など顧みず付きまとうような人間だったはずだ。
(そういえば、こいつの親、内のグループで重役やってたっけ)
巨大な企業体である麻樹グループは会長であり威たちの母である麻樹実を中心に複数の企業を抱える。そのうちの一つの常務か、専務が谷口の父親だったような記憶がある。
そんなことをつらつらと思い出しながら威は目の前の人間に視線を投げかける。
その視線に勘違いをした谷口は満面の笑みで威に話し掛ける。
「さっきの騒ぎ、隣まで聞こえたぜ!やっぱり麻樹はすごいなぁ、あのイヤミ満開の英語の安部が悔しさ満開で顔青くして帰ってったぜ」
何処かおかしい日本語を半分の思考力で聴きながら、威は目の前の人物の心を探ってみる。
彼は威がしたことをまるで自分の手柄でもあるかのように教室全体に響く声で離し続ける。トイレから戻ったばかりの委員長の中川はそんな男の存在にあからさまに顔を曇らせた。どうやら谷口の存在で威の機嫌が更に悪くなることを予測しているようだ。
「お前のやることって本当に格好いいよな。さすが俺の親父の会社を束ねる一族の跡取ってだけあるよな。そういう威厳っていうのが滲み出るんだろうな」
意味の無い言葉の羅列に、威の顔から段々と表情が消えてゆく。
教室の隅で中川が「あちゃあ」と頭を抱えながら辺りを見回し、洸野が教室内に不在であることを確認した。彼は自分の恋人である篠川奈月に耳打ちするように彼女に洸野の行き先を尋ね、彼女も困った顔をしながら事の顛末を彼に囁き返す。
そんな二人の様子を威は目の端に収めながら、目の前でぴーちくぱーちくと煩く喋り続ける九官鳥のような少年へと冷たい視線を送る。
「ところで、何か用か?」
いつまでもここに居られれば居眠りする時間が無くなる。折角、いい感じの夢を見ていたのに、こいつのせいでだいなしだ。
だが谷口は不機嫌だとありありと示している威の様子に気付く事無くにへらっと笑って見せた。
「えー?用事って、俺と君との仲じゃない。用事なんか無くても遊びに来るよ」
いったいどんな仲だよ……と、教室全体で無言の突込みを入れる。
威に至っては胡乱な瞳になっている。
「いったい、いつから俺とお前がそんな『仲』になったんだ?」
当然とも思える問いを威は声に精一杯の怒気を込めて投げかけた。
その時になってやっと威の不機嫌さに気付いた谷口は、どうして彼が怒るのか本気で解からないとばかりに更に空っぽな笑顔を振りまく。
「それは、そう……夏休み明けてからだよ。お義兄さんが行方不明になって、やっぱり家柄の近い人間が傍にいて慰めるほうがいいと思って」
どんっ!!
谷口の言葉を遮るように威の拳が机に下ろされる。
教室が一瞬にしてしんっと静まり返った。
威、真剣に怒っています。
洸野は威が普通に眠っていると思って『ある人物』の所へといっています。
ちなみに中川透・篠川奈月は威たちと幼等部からの付き合いで幼馴染的な要素も持ち合わせています。