夢見の家 追憶1
町のいたるところが赤と緑に彩られると心弾むクリスマスがやってくる。
街角には様々な体型のサンタたちが点在し、どことなく全ての人が浮き足立って見える。
夜ともなればネオンで満たされる街路樹には小鳥が寄り添いながらちいちいと小さな声をあげていた。
麻樹威 十六歳・冬・クリスマスイヴ
年末も近づくこの時期に、威はそんな景色を眺めつつゆっくりと帰路を歩んでいた。
去年までは「あれをしよう、これもやらなきゃ」とこの時期、胸が弾んだものだったが、今年はどうも今一盛り上がれない。
その原因もわかっているので、彼は小さく白い溜息をついた。
「どうした?今日帰ってきた成績表、よっぽど悪かったか?」
威と一緒に帰途についていた山下洸野はからかうように、訊ねてくる。
「山下よりも悪くはなかった」
彼からのからかいが自分の気持ちを浮上させる為の発破だと知っている威は、そうおどけてみせるともう一度綺麗に飾られた町並みへと視線をめぐらせた。少し薄暗いのは白い雲が大量に空を覆いつくそうとしているからだろうか。もしかしたら、今日は雪が降るかもしれない。
「今年は恒例のクリスマス会、どうする?」
毎年、クリスマスには恒例として4人の子供たちと麻樹家の他のメンバーを交えた小さなパーティが開かれていた。パーティといっても、いつも綺麗に飾りつけられたもみの木の下でプレゼントを交換しあい、その後は普段より豪華な食事をして夜遅くまで遊び続けるだけのこじんまりとしたものだ。
去年、そこには自分達と共に威の義兄・理と妹の由宇香と威の両親が揃っていた。彼らの幼馴染である月路恵吏はアメリカから一時帰国すらできなかったが、国際電話で連絡をくれた。
今年はその半数さえ揃わない。
理は異世界に飛ばされ、もともと身体の弱かった由宇香のわずか十年の短い人生は終焉した。威の両親もどこかの資産家のパーティに呼ばれていると言っていた。もちろん、アメリカにいる恵吏は帰ってくる予定すら入っていない。
「2人だけかぁ」
麻樹の屋敷にはたくさんの使用人はいるが、家族やごく親しい者の存在とは違う。
「兄さんでも呼ぶ?」
軽い口調で提案する洸野に威は眉根を顰めた。
「そんなことしたら、御園先輩に後で何をされるか」
恋人と二人きりのクリスマスを楽しみにしていた彼女の報復がどうなるか考えるだに恐ろしい。
それも、言いだした洸野でなく、威自身にその報復が降り注ぐのは目に見えて解っていた。
「まあ、2人でやるとして、山下はどういうのを考えてる?」
威が質問しながら自分よりも幾分か高い幼馴染の顔を見上げると、彼の顔には壊れそうなぐらい儚い笑みが浮かんべていた。理の件以降、ある程度復活していた威とは違い、彼の心は未だ混迷の中にいる。ただそれを表に出せる人間が日本にはいない。その事が威には寂しくて口惜しかった。
「そうだな、いつも通りのリビングだと広すぎるから、理の部屋を使わせて貰って………心行くまで昔話でもしようか」
少しだけ長めの茶色い髪が、風で微かに揺れている。
隠しても隠し切れない寂しいという感情が、風に揺らいで垣間見えるようだ。
そう感じることをおくびにも出さず、威は「わかった」と笑って見せた。
「それじゃ、直に家来るか?」
威の提案に洸野は小さく首を振る。
「いや、一旦、家に帰ってから行くよ。裕穂さんに『食事の下拵えだけはしておいて』って頼まれてるから」
正確には『もし洸野くんだけで出かけるのなら』という前置きがついていたのだが、その辺りは省いてもだいたい威に意味は通る。その証拠に洸野の傍に唯一残った幼馴染は「いいように使われてるな」と洸野の返事に苦笑で返してくれた。
やっとこさ始まりました。夢見の家の第四弾です。
時間的な流れとして、『この場所から Return to Dreamin' House』の直後のお話となります。久々にファンタジー色のあるお話なので、頑張ります。