この場所から Return to Dreamin' House 3
『その人』────月路恵吏は研究室の扉をしっかりと施錠すると大きく溜息をついた。
自分の研究を改竄した人間が今さっきまでいた彼らの中にいないのは彼女にはわかっていた。
目を閉じて、心の耳を澄ませれば隣の部屋の人間達の『心の声』が聞こえる。彼らの中にある自分に対する過分な信頼、それがくすぐったい。
(まあ、こんなことが出来ることを彼らに言ったらどうなるかわからないけど)
小さい頃、両親はこの能力の片鱗を見せると気持ち悪いものを観るように彼女を嫌悪した。
掛け替えのない幼馴染み達と知り合って暫くは、彼らに嫌われたくなくて出来る限り気づかれないようにした。
(そういや、最初に気づいたのは理だったっけ)
恵吏と同じように心の耳を持っていた少年は、自分と同じように探ってきた少女へ出会ったその日に能力の事を訊いて来た。恵吏が肯定し、自分の中の能力が溢れでてる感じを伝えると、翌日には彼は自分の義父・麻樹良弘の元へと彼女を連れて行った。
(良弘おじさんのあの能力は想定外だったよな)
彼女を見た良弘はすぐに目元を綻ばせて、
『ああ、この子も洸野くんぐらい能力があるんですね。どれぐらい能力を残して封じますか?』
と軽く言ってくれた。
その言葉に正直、面食らったのは記憶にしっかり残っている。だが自分の目の前に立つ人がそういう事ができるのは何故か理解できた。理や洸野そして恵吏と同じぐらいの特殊能力を持ちながらも、それを寸分の乱れもなく制御している様は驚愕に値した。
だから、心を見透かす能力以外を少し強めに封じて貰った。
その能力を封じたせいで理たちが異世界に攫われた時何も出来なかったが、恵吏は自分の判断を悔いてはいなかった。もし自分の能力を封じていなければ、強大になりつつあった自分の能力はいずれ自分の大切な人たちを傷つけていたはずだ。
『話は、終わったの?』
ふいに誰もいない空間に幼い少年の声がした。
「ああ、終わった」
恵吏はそれに驚くこともせずに何もないはずの空間に苦笑して見せた。
「それよりも姿を現してくれ。これじゃ僕が派手な独り言を言ってるみたいだ」
声の主に向かいそれだけ注意をすると、彼女は自分の机へと向かった。やらなくてはいけないことは山積みの状態だ。こうして会話している間もメールやルーチン化したプログラムで仕事を捌いていかなくてはいけない。
そんな彼女の様子に呆れたような溜息を付く音が聞こえ、それと同時に空気が動いた。乱れた風は机の上の書類を少し揺らすが、落とすことはせずに収まる。
そして小さな竜巻が収束するように収まると同時に一人の少年が現れた。
年の頃は7~8歳ほどだろうか。栗色の髪をふんわりと後ろで縛り、無風の空中にたなびく様に浮かせている彼は、その印象的な青みがかった緑色の大きな瞳で恵吏の背中へと向けていた。
「貴女は向こうの様子を僕に聞かないんだね」
少年が不満そうに口を尖らせても、彼女は一向に振り向く素振りを見せない。その手はまるで少年と話しているのを忘れているかのように、すさまじいスピードでキーを叩いている。
「ああ、訊かなくても大体は予測が付く。それに予測外のことを聞いたとしても、その事象に対処するだけのことが出来ない状態じゃあ、後で聞くのとそう差はないだろ。それよりも、早く全ての肩をつけて駆けつけたほうがいい」
それでも返事をくれるだけ、彼に対する態度はマシなのかもしれない。本当に無視したいときは、集中する振りをして、『聞いてませんでした』とばかりの対応をするのが彼女の常だからだ。
「でも聞いたら、彼らに的確なアドバイスを伝える事だってできるでしょ?僕はその言葉をそのまま『風』に入れて伝えることが出来るよ」
それでも食い下がろうとする少年の様子に恵吏は少しだけ手を止め苦笑した。
やっと『その人』の名前が出すことが出来ました。
恵吏は理と並ぶぐらいの知能と容姿、ずば抜けた体力と大きな歪みを持つ女の子です。リュウファとも理と同じぐらいの昔から知り合いです。
少し口調が固いのは、彼女の周りに幼馴染がいないことが原因で、日本に戻ってくれば本来の彼女の柔らかさが出てくると思います。