夢見の家 選挙14(終)
「うわぁっ!」
思わず叫び声をあげた威に、裕穂はぷぅっと頬を膨らました。しかしその瞳は妖しい光を湛えたまま笑っている。
「人と会話するときは相手の顔見て話せって習わなかった?」
(先輩だって、おんなじ様なことしたことあるでしょっ!!)
心の奥底からの叫びをなんとか喉元で押しとどめて、威は目の前の前生徒会長へと胡乱な視線を向けた。
「で、何か御用ですか。前生徒会長」
気を取り直して訊ねた威に、彼女はわが意を得たりとばかりに爆弾発言を投下した。
「うんっ!威くんの髪の毛、切った後いらないんなら僕に頂戴!」
「「「はあぁ!?」」」
威だけではなく、その言葉を発した裕穂の恋人である剣人までもがその申し出に驚きの声を上げた。
しかし、そんな周りの反応もどこ吹く風とばかりに、彼女は更に笑みを深めた。
「捨てるのなんてもったいないじゃない。だから、僕が大切に使ってあげる」
(いや、貴女に『大切に』使ってもらうってのも怖いんですが)
現在の髪の毛の持ち主である威の心の叫びを読み取ったかのように、彼女はさらに畳み掛けた。
「くれる、よね」
もはや、疑問符すらつけてもらえなかった。
決定事項となった自分髪の行方に威は大きなため息と共に承諾して見せたのだった。
結局、断髪式は生徒会室で滞りなく行われた。
新聞部も放送部も裕穂の申し出に、『そちらのほうが見栄えがいいですね』と乗り乗りで許諾した。
放送部の提案で某国技の断髪式のように数人で少しずつ鋏を入れられ、最後に前生徒会長の裕穂が締めるように大きく残りを切り落とす。
数年ぶりに軽くなった頭に少し寂しさを感じる。威は白い紙の上に綺麗に揃えられたかつての自分の髪の毛を観ながら、小さく息を吐いた。並べられた髪の横では、裕穂と面白いからと来ていたこの学園の教師でもある威の父親・良弘が何か意味ありげに笑い合いながら喋っている。その後ろに『ふふふふふふ』と不気味な文字が見える事には、みんな関わらないようにしている。
会話がひと段落済んだのか、彼女は並べられている髪の毛を至極丁寧に白い紙で巻いて包む。その丁寧さに、何か悪寒を感じた威は意を決して裕穂に尋ねた。
「それ、何に使うんですか?元は俺の物ですから訊く権利、ありますよね?」
威の言葉にきょとんとした裕穂は、少し考えた後、艶やかに微笑んで見せた。
「内緒」
その一言にみんなが(ああ、やっぱり)と諦めの表情をするのを確認した彼女は「くすくす」と楽しそうに笑う。
「と、行きたい所だけど……ま、とりあえず威くんの言葉も正しいから応えるのが礼儀だよね」
にぃっと引かれた唇に、今更ながらに後悔の念を覚えつつも威は大きく頷いてみせた。
裕穂はそぅっと髪の入った包みを抱え上げ、軽やかな足取りで
「鬘だよ」
「「「「「鬘?」」」」」
彼女にしてはありきたりな答えに全員が訝しそうにしながら、首を傾げた。
だが、戦利品を腕に抱いた彼女は周りの視線など一向に気にすることなどなく、
「それじゃ、後は宜しくね」
と、残すと恋人である剣人を引き連れてさっさと生徒会室から出て行ってしまった。
相変わらずの破天荒さを見せ付ける『前』生徒会長の様子に新聞部ならびに放送部は『現』生徒会長に哀れみの視線を送った。
威はその視線を受けながら、自分と同じく微妙な表情をしている幼馴染みに溜息混じりに問いかけた。
「あれってさ、鬘になったら、何に使われると思う?」
「それよりも、誰用の鬘に仕立て上げられるのかが問題だろ」
同様に複雑そうな顔をしながら応えた洸野の姿に、威は「だよなぁ」と呟き頭を少し涼しくなった頭を抱えたのだった。
とりあえず、『選挙編』が終わりました。長かったです。
本当に何をだらだら書いてるんだと自分でも思いました。
この後、選挙戦のこぼれ話的な部分と次話のイントロダクション的なものが入ってから『追憶編』へと突入します。