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夢見の家 出会い2(終)

由宇香の容態が悪くなったのは、病室を訪れて暫く経ってからだった。

もはや日常茶飯事となりかけている突然の発作、ナースコールを呼ぶと駆けつけてきた医者と看護士に病室から出された。

「それじゃ、俺は中庭の方にいってます」

暫くは出来ることも無くて立ち尽くしていた威は、入院患者の家族のメンタル面をサポートするスタッフにそれだけ告げると病室を後にした。

心配そうにしていた彼女だったが、今はそっとしておくほうが良いと判断した。ただ、緊急の場合に、すぐに家族と彼を呼び出せるようにするために病室の前を残ったのだった。




威は中庭に辿り付くと、人目につかない茂みに入った。

今は誰の顔も見たくは無かった。誰にも顔を見られたくは無かった。

ここからは由宇香の病室の窓が見える。忙しなく動く看護婦の姿が、妹の容態の悪さを示しているようだ。

(頼む、神様。俺から由宇香までも奪わないでくれ)

威は祈るように空を見上げた。

雲ひとつ無い青空、それなのにそれは遠すぎて、彼の祈りなど聞き入れてくれそうに無い。

彼は一つ溜息をつくと、静かにその場に寝転がった。


がさり・・・・・・


不意に自分が入ってきたのとは別の方向の茂みから音がした。

威が不信そうにそちらへと視線を動かすと、一人の少女が驚いたようにこちらを見ていた。

「うわ、先客がいたんだ」

少女も一人になりたかったのだろうか、先にいた威の姿に小さく声をあげた。

見ると不思議な少女だった。

日本人とは思えないような薄い肌の色、ビスクドールのように整った容姿に、まるで春風にきらめく新緑のような美しい瞳が飾られている。ショートの髪は明るい栗色で、可愛らしい容姿にとても似合っていた。

「ええっと、あー、遠慮したほうがいいかな?」

少女は威の方をみながら、居心地悪そうに訊ねてくる。

どうしてだろう、と見上げてくる威に少女は頭を掻きながら、苦笑してみせる。

「だって、泣きに来たんでしょ?そういう時って一人になりたい人、多いから」

彼女はそう告げると、威の傍でしゃがんだ。

それから、すっと右の人差し指で威の頬をつん、とつつく。

「それとも、僕の胸でよければお貸ししましょうか?『少年』くん?」

からかい口調ではあるが、少女の気負いのない言葉に威は小さく頷いて見せた。

「そう?じゃ、貸してあげるよ」

少女は笑いながらそういうと膝立ちになり、まるで外界から隔離するように威の頭を自分の胸で包み込んだ。

小さな手はまるで威を慰めるように静かに静かに頭を撫でる。

目頭が熱くなるが、それだけで涙は一向に出てきそうもなかった。

「ついでだから、子守唄でも歌おうか」

威が泣けないことに気づいた少女は、きゅっと彼の頭を抱きしめながら静かに子守唄を歌い始める。シューベルトだっただろうか、理のようにクラシックには詳しくはないがどこか聞き覚えのあるメロディーで「眠れ〜、眠れ〜母の胸に」と繰り返した。

静かに目を閉じる。

長らく訪れていなかった安息の空気に、忘れていた睡魔が威を襲う。

うつらうつらとしてきた威に少女は静かに語りかける。

「おやすみなさい、威くん……君の義兄おにいちゃんは違う世界からでも君をずっと見守ってるよ」

(?……)

どうしてそれを、と思いつつも強い睡魔は彼を深遠の眠りの淵へと導く。

(起きてから……聞けば、いい…か)

威はそう思いながら意識を手放した。




「ん……」

義兄さとる離別くしてから初めてと思える深い眠りから覚めると、そこはすでに夕闇に包まれていた。

あたりを見回してみるとはすでに少女はなく、その代わりに洸野が威に寄り添うようにしながら眠っていた。

「あ……威、起きたのか?」

浅い眠りだったのだろう、威が見回したときの振動で目を醒ました洸野は瞼を擦りながら上半身を起こすと、まだ寝転んだままの威を静かに見下ろした。

「よく、眠ってたな……」

ほんの少し安堵の混じったその言葉に威は不思議そうに視線を上げる。

「だって、あれ以来、お前あんまり眠ってなかっただろ?だから、すごい爆睡してるのみて驚いた」

苦笑している洸野に威は少し後ろめたさを感じた。

地球世界むこうを頼む』

義兄さとるは別れ際にそう頼んだのに、自分自身が彼を、両親を、悲しませている。

戻す術が見つからないと、嘆くのはまだ早い。それにすぐに見つからなくても、やっておくことは山積している。

「ごめんな、山下」

急に殊勝になった威に洸野は目を見開いたが、すぐに今度は彼らしい自愛に満ちた笑顔を返してくれた。ピアノを嗜む山下の大きな手が頭を撫でる。

「そういえばさ、お前がここに来たとき、そばに天使みたいな女の子いなかったか?」

頭を撫でられて思い出した。

そういえばあの少女は自分を知っているようだった。緑色の瞳、柔らかい笑顔、たぶん、彼らよりも若いだろうその少女に威はまた会いたかった。

会って、眠りへといざなってくれた事へのお礼と、疑問を投げかけたかった。

「天使、ねぇ」

威の言葉に洸野は複雑そうな表情を浮かべると、「外見だけならそう見えるか」と小さく呟いてみせる。

「山下?」

「俺には悪魔の傍で眠りこけてたように見えたけどな」

嘆息しながら告げられた言葉に盛大な疑問符を飛ばしている威に洸野は「がんばれよ」と慰めるように肩を叩いてから立ち上がった。




威が彼の言葉の真意を知るのはそれから数週間後のこととなる。

久方ぶりのup過ぎて、前にどういう風に書いたのか思い出すのが大変すぎて四苦八苦の文章になってしまいました。

もともとの文章が威の一人称のために今回三人称の視点で書くとき、どうしても呼び方を間違えそうになりました。

とりあえず、出会い編はこれにて終了。

少女の招待は次回の『夢見の家 回想』に持ち越しです。

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