夢見の家 選挙11
立会演説は、まず推薦者からの紹介から始まる。
慣れた様子で演説台に立った裕穂は場内の至る所から沸き起こった喝采を右手をすっと上げることで止める。
「それでは立候補者の若い順からということなので、僕の推薦する麻樹威くんから紹介させて貰います。
彼はみなさんご存知のとおり、幼等部、小等部、中等部とすべて2年づつ務めていた伝説の生徒会長にして、本来ならばこの場で悠々と会長就任の演説を垂れ流していただろう麻樹理くんの義弟にあたります。
もちろん、それだけの要因で僕が彼を推す訳もなく、理くん曰く『義弟は自分以上に食わせ者』といわしめるぐらい、僕の後進に相応しい人物であることは、先日、威くん自身にインタビューした新聞部の記者の方が一番わかっておいでかと思います」
壇上の裕穂はそう言うと新聞部のための特別ブース付近にいた森本に笑いかける。
それに気づいた全校生徒の視線を感じつつ、森本も相槌のようににやりと笑い返して見せた。
「更に言えば、彼はこの学園の副理事にして最大の庇護者・麻樹実女史の長男として、血筋・素養も申し分ないものを持っております」
続いて彼女の口から語られる自分自身の環境・略歴を聞き流しながら威は抜け目なく客席の様子を見回してみた。
(あれが、仕込み、かな?)
壇上のみ照らされ少し翳って醜い客席の最前列には隼人と仲のいい人物たちが陣取っていた。
大体の場合、先生に目をつけられやすい最前列に座っている人間など珍しいので、とても目立っている。
彼らの視線は壇上で熱弁を振るっている裕穂ではなくその後ろで笑みを張り付かせている威に……正確には威自身の頭を飾っている未だ長いその髪へと注がれている。
「それでは、僕の演説が長くなるのも野暮なので、彼が目指す生徒会の有り様は彼自身に語って貰うことにしましょう」
打ち合わ通りの決め言葉を言ってから、裕穂はその場所を後ろに控えていた威へ譲る。
壇上にすっと立った威自身へと全校生徒の視線が集まる。彼らは威の髪の長さを確認する怪訝そうにひそひそと隣の友人たちと言葉を交わし始めている。
威はそんな生徒の様子に義兄より『それが一番食えないんだよ』といわれた意味深の笑みを作って会場へと視線をめぐらせた。
とたん、ひそひそと声を潜めて話していた生徒たちの動きが止まり、女生徒の中には頬をそめて俯く人物まで現れる。
最後に一番最前列に座る隼人の友人達にゆっくり微笑んでから威は大きく息を吸い込んだ。
「ただいま紹介に与りました1年A組の麻樹威です。まだ最下学年ではありますが、この学園においてはすでに9年の月日を過ごさせて頂いています。もちろん、みなさまがご存知の通り、幼等部・小等部・中等部と生徒会長を務めてきた麻樹理は、私の義兄にあたります。その義兄がある事情により学園から去ることになり、彼の意思を継ぐためにも自分が立候補した所存です。
自分が目指す生徒会というのは……」
威の弁舌が淀みなく進む中、隼人の友人たちは微笑みで気圧されたのか、自分達はどうすべきかと視線で威の後ろで順番を待っている自分が支援している人物へと支持を乞うた。隼人は演説が始まっているのに未だ行動を起こさない彼らに、明らかに苛立ちをあらわすと、「さっさとやれ」とばかりに視線を動かした。
彼らは無責任にも思える指示にそれでも小さく頷くと、ごくりと息を飲んだ。
威は彼らのやり取りを視界の端で捕らえて、内心、ほくそえむ。そして、彼らが行動を起こしやすいように演説の切がいい所で一拍の時間を作ってやった。
演説開始です。とりあえず自己紹介です。
威は、理たちの考えでは天然・無自覚で腹黒さを発揮してくれるところがあるので、そこのあたりが裕穂のお眼鏡に叶ったと考えてください。
やっとこさ、終わりが見えてきました。話の途中から依然書いたものを完璧に無視して進めていたので、最後の最後ぐらいは前に書いた文章の名残を出したいです。