夢見の家 選挙10
舞台上に姿を現した威を見て、全校生徒がどよめく。
彼の頭を飾るのは未だ短くなっていない、腰まである紫がかった黒髪だった。
そのどよめきの中で立候補した全員が用意されていたパイプ椅子に腰を下ろした。
最後に、現生徒会長である裕穂が出てきて、舞台の上に設置された演説台の前の後ろに立つとすっと手を上げた。それだけで先ほどまで地鳴りのように響いていたどよめきがぴたりととまる。
「それでは、生徒会選出のための立会演説を始めます。我が愛する生徒諸君は、それぞれの意見を聞き、自分によってよりより人物を選んでくれ。
もちろん、僕も僕が推すべき人物の応援演説をさせて貰う。そのときは、きちんと合いの手を入れてくれよ?」
いつもどおりの男らしい挨拶を済ませると、同時に彼女を称える歓声が会場内を埋め尽くした。その様子に裕穂は花も綻ぶ笑みを浮かべ、悠然とした足取りで威の後ろに着席する。
その様子を隼人は忌々しそうに見つめていた。
本来ならば、彼女は恋人の弟でもある自分を応援するべきなのだと、隼人は考えていた。勿論、その旨を彼女自身にも伝えてみた。
しかし、その言葉は簡単に却下されたのだ。
(何が、最高の生徒会だ)
記憶に残る言葉に小さく彼は舌打ちをした。隼人は裕穂が威を推薦という形で立候補させたとき、非難するために彼女を呼び出した。
『君ではこの学校の生徒のための最高の生徒会を作ることなど無理だよ。力不足だ』
そんな言葉で、彼女は彼の主張も存在すら否定して見せた。隔世遺伝で現れた自分の異母弟にも似た瞳は、冷淡に隼人自身を切り捨てていた。
(それなのに、僕の変わりに担ぎ出したのがこんな一年生だと?)
隼人の屈辱的な怒りは、隣で悠然と構えている対立候補へと移る。
義兄・理のかわりに立候補したこの少年が、自分より勝っているとは隼人には到底思えなかった。
(麻樹理がもし居たなら、僕だって立候補などしなかった)
まだ自分が小等部だった頃、自分は同じように彼の義兄と戦った。結果は惨憺たる惨敗だった。開票された内容で、一学年したの人間に五倍以上の票差を付けられて負けたのだ。
それ以来、自分はあの男には挑むことなどしなかった。
しかし、今、自分の横に座っている人物にはそれほどの脅威を感じない。
たしかに、顔立ちは整っているだろうが、それだけだ。
誰をも圧倒するカリスマも、ずば抜けた頭脳も、洞察力だって普通の人より少しだけ秀でているぐらいにしか見えない。
(唯一義兄に勝っているとすれば血筋のよさだけか)
学校側の人間で知らない者も多いが、麻樹の家の血を引いているのは威の方だ。
それなのに、優秀さで劣る彼は義兄として入った理に後継者の座を奪われた。
(つまり、それだけの人物だということだ)
隼人はそう結論づけると、彼の頭を飾っている紫がかった黒い長髪を見た。
これにしたって、恐らく現生徒会長の策で壇上で切るのだろうが、その事が新しい校則で禁止されたことは頭に入っていないらしい。
(策士策におぼれる、だな)
隼人は毀れ出そうになる笑いをかみ殺しつつ、未だ続いている他の役員候補の演説へと意識を集中させた。
威は隼人の視線を受け流しながら、内心呆れていた。
彼の考えていることなど、その瞳や表情で手に取るように理解できる。
(こんなんで御園先輩と対峙しようとは……)
思わず出そうになった笑いを何とかかみ殺しながら、彼は隣で牽制を張り続けている彼を侮蔑していた。
少なくとも、こんなだだもれな感情を出している人間が、自分の後ろに座っている威の推薦者である現生徒会長に適うはずが無い。
彼女はあの切れ者である自分の義兄が、自分達幼馴染み以外で珍しく認めた人物なのだ。
それに彼は侮っているが威自身だって、理から『案外、食わせ者』との評価を受けている。
(まだまだ、甘い)
自分の親友の異母兄を盗み見ながら、彼は小さく息を吐いた。
「それでは、会長候補のお二人の演説へと入ります。まずは1年A組・麻樹威さん。推薦者・3年A組・御園裕穂さん、お願いします」
放送部が読み上げる名前に、威はゆっくりと席から立ち上がった。
演説が始まるかと思ったら、隼人さんが長々とどうでもいいことを喋り散らかしてくれました。
でもとりあえず、とうとう演説まで行ってくれたので何とかなりそうです。