夢見の家 選挙6
告示と同時に学園内は生徒会選挙一色に染まった。学校のいたるところにある掲示板には立候補者のポスター(学生らしく手書きのものから、自分のポケットマネーで作り出したのだろう写真入のものまで)が張り出してある。
会長立候補者は本命の『麻樹理』の不在からこれを期に特権を得ようとする者が乱立したが、本命の弟であり副理事長の息子である『麻樹威』が現生徒会長『御園裕穂』の推薦で出馬すると判るや早々に届出を取り消した。
「やっぱり隼人くんと君との一騎打ちだねぇ」
大方、この状態を予想していた遊歩はつまらなそうに上がってきたばかりの選挙予想が乗った学内新聞へと目を走らせた。
「副会長には洸野くんと1年B組の谷口啓太くん一人……ってこの子、誰?」
あまり聞きなれない名前だったのか裕穂は口を尖らせながら威に視線を向けた。
「あー、確か麻樹グループ内の企業のどれかの重役の息子だと思います」
記憶を辿り辿り答えた威に彼女はため息混じりに記事の文章を読んであげる。
「あ、だから、『威くんの片腕になれるのは俺しかいません』なんて素敵な談話載せてるんだ」
「はぁ?」
威の語尾が不機嫌に上がるのは仕方の無いことだろう。
「ああ、素敵に喧嘩売ってますよね」
生徒会執行部の用事で生徒会室に訪れていた中川透も苦笑しながら学内新聞のその記事を不機嫌そうにしている威の前に広げて見せた。
確かにその紙面には数ヶ月前、威を怒らせた谷口が鼻持ちなら無い笑顔で胸を張っていた。
「うちのクラス人間なら、それが嘘だって判別るけど、この記事だけ読むと威が指定している副会長は『谷口』っていう風にも取れますよね」
透と同じく執行部の書類を調えていた透の恋人である篠川奈月も困惑の表情を隠しもせず、眉根を寄せた。
そんな友人たちの様子に威は「むむむむむむぅっ」と唸り声を上げ、洸野は「威の有名税だ」と結論づけた。
「書記の男女は中川達カップルだけか。
会計は男子は現職の道長弓秋と隼人の友人、それから他にも二人……これは多分道長が勝てるだろ。後は会計女子は1年B組の大曽我圭か。これは単一候補だからそのまま確定だろ」
裕穂の後ろで彼女の新聞を覗き込んでいた彼女の恋人である山下剣人はその他の候補者の欄まで目を配っている。
「中川・篠川カップルと道長先輩は知ってるけど、大曽我ってどういう奴だ?」
剣人の読み上げた記事を指先でとんとんと叩きながら、威は自分の傍で同じ内容に目を走らせていた洸野にたずねた。
「大曽我は俺や兄さんと同じ剣道部。女子の中で一番の有望株だ。理数系に強いし、真面目で信頼の置ける人物だって保障できる」
「ただ、ぱっと見で女の子には見えない容姿だがな」
剣人が最後に付け加えた言葉に、洸野は口元を綻ばせて「確かに」と同意した。それから新聞をばさばさと捲ると、目元の涼やかな青年の写真が乗った紙面を威に示した。
「この男子生徒がどうかした?」
その写真を示された意味がわからない威が、不思議そうに幼馴染へと視線を送ると彼は肩を小さく竦めながら、
「これが、大曽我、男にしか見えないだろ?」
と、説明した。
彼の言葉に威は再度、視線を紙面の写真へと移した彼は目を丸くした。
「俺や山下より男らしいんじゃないか?」
「来期、僕が計画したとおりの人事になったら、彼女が生徒会役員の中で一番男らしい容姿になるね」
正直な感想を漏らした威に裕穂も追随する。書記候補のカップルたちも彼らと同じ感想を持ったようだ。実際、山下兄弟も彼女が剣道部に入部してきたときに同様の感想を持った。
剣人にも通じる鋭く涼やかな目つきの上、声も低く、一人称が『俺』と名乗っているため、当初女子更衣室に入る度に悲鳴と苦情が耐えなかったという過去まであるのだ。
「剣人や洸野くんが信頼おけるっていうなら、女子会計は彼女で安心っと」
楽しそうに話している自分の恋人の様子に、裕穂は書記・会計の欄に赤ペンで多きく『OK』と書き込んだ。
「後は会長・副会長がきちんとここにいる二人になるように計画を遂行してくだけだね」
ぱんっと手に持ったものを机の上に置いた裕穂は楽しそうに自分達の後を継ぐ後輩達へと笑いかけるのだった。
選挙、公示されました。今回は威たちを含む立候補者へとスポットをあてて話を進めることになったのですが、まさかこの部分だけで一話分埋まるとは思いませんでした。もっと単純に流せばよかった。
ちなみに風原学園は1学年が27クラスもある超マンモス校です。
成績・財力・スポーツ特待・芸能・芸術いろいろな分野のものがあるのでそれを統括する生徒会も人員がそれなりに必要になります。
生徒会長・副会長・会計・書記などの役員を筆頭に任意・役員からの推薦・中等部での役員という履歴などで選ばれた生徒会執行部が動きます。執行部は役員になるための足がかりとなっている部分が多いため、高等部入学と同時に執行部へと配属されていた洸野・透・奈月などは、すんなりと役員への立候補ができるというわけです。