夢見の家 選挙3
確かにただでさえ異母弟を目の敵にしている隼人の対抗馬として、洸野が立候補するのはまずい。
かと言って、裕穂の先々代から手がけていた『生徒会の手による生徒のための学校運営』がやっと現実に近い形に持ってきている現在、下手な人間が生徒会長に就くのも困る、というのが彼女の本音だ。
もともとの予定通りに理が中等部に引き続き、高等部の生徒会長に就ければ問題などなかった。
しかし今ここにいない人間にそれを頼むことはできない。
裕穂をはじめ学園の改革に勤しんできた者たちの白羽の矢が、そこそこ実力がある上に学校副理事長の息子である威に一斉放射されてもしかたないことだろう。
(でも、この人の言う通りに行動するのがちょっと怖いんだよな」
たった1ヶ月ほどの付き合いとはいえ、彼女の性格の滅茶苦茶さは肌身に沁みてきている
。こうなった場合、自分が彼女の手から逃れるには彼女の納得するような別候補者を提示するしかないだろう。
「えっと、うちのクラスの中川とかは?」
彼ならば威や洸野に次ぐ成績を収めているし、容姿もさほど悪くは無い。何よりも理が居た時ですら威たちのクラスの学級委員長をしていたという実績もある。それに学級委員長をやっているということは生徒会活動も洩れなく参加しているはずだ。
「彼はすでに恋人の篠川奈美さんと一緒に書記に立候補してるよ」
おしかったねぇ、と付け加える裕穂に威はそれでも食い下がった。
「だったら、それを繰り上げさせて生徒会長にすれば……」
「彼、お家の事情で堺山の跡取りだって公表して無いでしょ。そうなると一般家庭の生徒に見られるから当選難しくない?」
(あ、そうだった)
それは威も良く知っている彼の事情だ。
彼は威とも張れるぐらいに名家『堺山』家の跡取り候補である。だが両親が駆け落ちで家を出ていたため、自分がその立場の人間であることを知らずに小学生になるまで育った。だが両親が事故死したために、本人の意思も関係なく堺山家に一応引き取られる事になった。
更に自分の位置を確立するために『堺山』の名前を隠した状態で優秀な成績にて小学校から高校までの生活を送ることを義務付けられている。
(そうなると、生徒会長に立候補させるのは難しいか)
この学校の生徒会長には理事長・副理事長よりさまざまな権限と予算を与えられる。それがゆえに利権を取りたい教師・生徒が会長候補のさまざまな情報を手に入れようと暗躍する。
威のように親が突出した立場のものに対してはさほど気にならない攻勢ではあるが、過去、それで友人である山下がいやな思いをしているのは知っている。
そういう人間に必死に自分の場所を確立しようとしている中川の足を引っ張って貰いたくはない、というのが威の正直な考えだった。
「それじゃ………裕穂先輩が再選するとか」
仕方ないとばかりに目先を変えてした威の提案に、裕穂は呆れたように肩を竦めてみせた。
「僕、来年の3月で卒業するけど?」
今、彼女は高校3年で、更に言うと十月の半ばだ。ほとんどの者がエスカレーター式に大学部に進むために文化祭の終わったこの時期に生徒会役員選挙があるため忘れられがちだが彼女とて『大学受験生』という肩書きを持つ人間にはなっている。
「大学部いっても生徒会長職を……敷地、近いし」
「面白い案だけど、さすがに却下だね。僕は大学入学と同時に学生会に入るように前生徒会長より念押しされてるんだ」
とことん他の提案を却下され続け威ははぁぁっと大きくため息をついた。
さすがに逃げ場が無い。いや最初から逃げ場がないのはわかっていたのだが、少しの余剰もないぐらいに彼の前には生徒会長になるためのレールが敷き詰められている。
「うぅぅぅっ!俺、髪、切りたくないんですけど」
威は頭を抑えながら長髪を湛えた自分の頭を抱え込み、本音を吐露した。
威、そうとうに生徒会長候補になるのを嫌がっています。
物語は途中で少し横道に反れましたが何とか戻ってこれました。(物語の大半が脇役の立場説明になる小説ってどうなんでしょうね……)
ちなみに生徒会長に与えられる権限は普通の学校の教頭ぐらいはあり、更に予算は小さな会社の1年の利益ぐらいはあると考えてください。