夢見の家 選挙2
威は急いで教室を出ると、廊下をひた走った。放送は未だ止まる気配すらなく同じ内容を繰り返している。
もはや通いなれた生徒会室の前に着くと、ふぅっと息を整えてから思い切りよくドアを開けた。
「先輩っ!いますかっ!」
大きな声で怒鳴り込んだ威に部屋の中にいた少女はにっこりと笑って見せた。
「呼び出した本人がいなかったら、冗談にもならないだろう?」
それだけいうと、生徒会長である御園裕穂は馴れた手つきで放送を止める。悪びれるそぶりさえ見せずに、紅茶のカップを机の上に並べる。
「必死で走っていたから疲れただろう?」
並べられている手作りと見られる菓子を胡乱な目つきで見ながら、威は頭を抱えて見せた。
「走らせたのは誰ですか?」
ここでこんな反論をしたところで、目の前の人物が反省をするとは思えなかったが、彼はとりあえず文句をいうと応接セットのソファに身を沈めた。
「あっはは、自分のためだろ?僕ならあんな放送がなっていても優雅に歩いて登場するけどね」
(確かに、そうでしょうよ)
確かに、彼女ならその発言のとおりに行動するだろう。裕穂の行動のかっ跳び方は並みの神経ではないから。
「威くんは理くんと違って甘いもの大丈夫だったよね。茶葉はウバだからミルクティでいい?」
「あ、はい」
返事と同時に丁度良い加減で入れられた紅茶が注がれた。ミルクピッチャーに入った牛乳が添えられているところが心憎い。
カップと一緒に並べられていた裕穂手製のクッキーに舌鼓を打ちながらも、威は警戒を解かなかった。
「で、何の用ですか」
「うん、大した用事にはならないと思うけど」
裕穂はそこで言葉を切ると、威の向かいのソファに深々と腰をかけた。
「1ヵ月後の生徒会選挙、僕の推薦って形で生徒会長に立候補して欲しいんだ」
唐突にいわれた言葉に威は一度言葉を頭の中で逡巡させると目をぱちくりとさせた。
「はいぃぃ!?」
その表情には冗談でしょ?という言葉がありありと見て取れる。
幼等部からはじめ、小中とそんな役職にはとんと縁はなかった。というか、そういう役職はすべて義兄・理に任せて自分は運動部の総括や会計職などで済ませてきた威にとってその申し出は晴天の霹靂といっても過言ではなかった。
「もともと僕の次の生徒会長はほとんど理くんで内定していたんんだけど、彼が行方不明となったからそれは空転してしまったんだ」
裕穂にとってもこれは大きな決断だった。
だが彼女は目の前の人物がその役をこなせれるという漠然とした確証をもっていた。
「その流れからいくと次の候補は山下でしょう?理の補佐としてあいつはずっと副会長を歴任してきたんだから」
理が生徒会長に立候補するときは絶対に彼の親友である山下洸野が副会長として立候補していた。彼の場合は妾腹だという生立ちのせいで落選するときもあったが、大体、その後副会長が辞任またはリコールされ、すぐに副会長に押し上げられていた。
「それは、ちょっとできないんだ」
ため息とともに目を眇めた裕穂に威は少し眉をしかめた。
「対抗候補に何かあるんですか?」
彼女は強引で傍若無人なところを持っているが、基本的『身内』として認めた人間には優しい。そんな裕穂が彼を候補者に持ってこないということは、自分の恋人の弟であり、彼女自身も友人として認知している彼にとって不都合な事があるに違いない。
「理くんの空席に自分の力も鑑みずに立候補したのは2年の『山下隼人』だ。これで理由は察知できるよね?」
裕穂の言葉に威は「はい」と短く返した。
『山下隼人』……山下家当主・山下勇人が正妻との間に作った唯一の子供の名前だ。威自身は彼に会ったことはなかったが、周りからの噂で彼が異母弟である洸野に対してかなりの敵愾心を持っていることを知っている。
「彼が生徒会長になったりしたら、僕が2年をかけて作り上げてきた風原学園の風潮を壊されてしまう可能性は高い。かと言って、洸野くんに勝たせるとなると、さすがにまずいだろう?」
「それで、俺ですか」
威は納得すると静かに思考を展開させた。
本当に久方ぶりの更新です。
はっきりとこのシリーズで最大にファンタジー色の薄い話になっています。正直『選挙』だけなら普通の学園ドラマの一部です。
仮令、義兄が異世界に迷い込んでいるせいで行方不明でも、登場人物の半数以上が異能の持ち主でも(笑)です。