夢見の家 出会い1
至空の時、から1ヶ月くらい後の地球世界です
突然の風がすべてを乱したあの初夏の日──────すべてが始まり、終わったあの日。
『異世界』へと連れ去られ、自分ひとりだけ帰ってしまった『あの一日』から自分の中の何もかもが変わってしまった。
残してきてしまったという後悔。重くのしかかる約束と責任。
ほんの少し前まではすべて義兄がやってきたこと・・・将来の期待までがすべて彼自身へと振り替えられ、それとは逆に役目を果たさずに『消えた』ということになった彼に対しての悪言雑言がフィルターを通さずに自分の耳に入ってくるようになった。
『義兄』がいなくなって自分がどれだけ守られていたのか、今更ながらに解るようになった。
どれだけ、思っても仕方のないことだ。彼・麻樹威は自分に言い聞かせるように反芻すると病院までの道のりを歩き始めた。
どれだけ後悔しようと彼は・・・義兄・理は帰ってこない。
どれだけ守ろうと思っても・・・降り積もるように加算されてゆく自責は一切消えはしない。
悪夢が身体を蝕もうとするように、彼の精神を雁字搦めにしていた。
麻樹 威・十六歳・晩夏────
威は一つ大きな溜息をつくと来なれた病院の建物を見上げた。
麻樹の資本で立てられた病院は、その潤沢な資金ゆえに充実した設備と優秀なスタッフにより国内・・・いや世界でも知られるほどの大病院である。
その病室の中に、彼が会いにいく少女は入院していた。
「お兄ちゃん、授業は終わったの?」
威の妹・由宇香は義兄・理が行方不明になったあの日から本格的に体調を崩してしまい、とうとう自宅療養から入院に切り替えられ、24時間態勢で治療に当たられていた。
しかし彼女の体力は日に日に衰えており、すべての医療スタッフからは家族に「覚悟」を求めてきていた。幼い妹は常に生きようと努力しているのに、彼女の中の病魔は理がいなくなって寂しさに震えている彼女の身体へと容赦なく牙を剥く。その鋭い牙にすぐにでも彼女の生命を食い殺してしまいそうで、威は気が気ではなかった。
「ああ、由宇香は今日は何をしてたんだ?」
威は出来る限りポーカーフェイスを装いながら、妹に問い掛ける。
病気により外で遊ぶこともできない彼女の透けるように白い肌が、どこか痛々しく見える。
「今日は、お絵かきよ。外の景色もかきたいんだけど、中庭にも出ちゃ駄目って言うの」
由宇香はつまらないとばかりに口を尖らせると窓から見える風景に視線を移す。
まだ10歳の普通の少女だ。だが、どこか自分の死を悟っているのか、彼女は自分の病状を両親に訊ねることもせず、ただ自分の生きた証だとばかりにスケッチブックに絵を描き続けている、
「洸野お兄ちゃんは?」
由宇香は持ちなれたスケッチブックを膝に乗せると、いつものように傍に居る兄の顔を描き始めた。
傍に置いてある書き終えたスケッチブックを見ると、そこにはアメリカから帰ることもできずこの病室に訪れることができないはずの威の親友である月路恵吏の顔や、行方不明の・・・・・・威が異世界に置き去りにしてしまった義兄・理の顔が描かれていた。
「威お兄ちゃん?」
「ん・・・ああ、山下だっけ?あいつは学校の用事があるからか遅れるって言ってた」
威は今見た絵から受けた動揺をおくびにも出さずに、妹の問いに答える。
彼と同じく、理がどうして行方不明になり・・・・・・その上、自分で連れ戻すことが出来なかったと悔やんでいる友人・山下洸野はそれでも、気丈に振舞いながら由宇香への見舞いとして病院に日参している。今日も用事さえ済めば、彼女の病室に訪れることだろう。
「今日はね、あっくんたち『体験学習』なんだって。みぃちゃんも、れなちゃんも、あっくんたち、明日、お土産を取ってきてくれるって言ってたの」
あっくんというのは1年ほど前、由宇香と出会った少年である。
まだこれほどまでに体調も悪くなかった彼女のたっての希望で、特別措置として母親が副理事長を務める小学校に数ヶ月だけ通ってわせてもらった際に出会った。たしか名前は篤だったと威は思い出していた。
だが、その少年も病院に訪れるたびに少しづつ元気を無くしているのを周りは知っていた。
『僕は、平気な顔をして彼女と会話できるだけの自信がありません』
つい、先日、彼はその胸の内を威と洸野の前で激白した。
それはそうだろう。彼としても始めて向き合う『死』というもの・・・・・・それも自分と同じ時間しか生きていない者の死を受け止めろというのが無理な話だ。
それでもその告白の後でも由宇香に逢いに着てくれる彼を威は少なからず尊敬していた。
「そうか、楽しみだな。明日、俺が来る時に、それ、見せてくれよ」
「うん」
今にも消えてしまいそうな、儚い輝きをもった笑顔で答える妹に、威は精一杯に笑顔で答えた。
威、かなりナーバスになっています。
義兄は異世界に置き去り、妹の命は風前の灯火。これで暗くなるなというのは酷かもしれません。