夢見の家 選挙1
麻樹威 十六歳・秋────
冬も近づく10月末、威は日当たりのいい自分の席で惰眠を貪っていた。
先程まで、老齢の教諭による催眠術のような古文の授業や、昼休憩に入った教室の適度なざわめきは、眠りの淵を漂っている彼の耳に心地よかった。
ピンポンパンポォン
『一年A組 麻樹威、至急、生徒会室まで出頭せよ、繰り返す、一年A組…………』
「………………」
聴きなれた可愛らしい声がエンドレスで告げる呼び出しに、クラス全員の視線が威へと集まった。
(みーそーの、せーんーぱーいぃぃーーーーっ)
威を襲っていた眠気など、あっという間に取っ払うほどの威力のある校内放送に、彼は無言のまま立ち上がり周りを見渡した。
この放送は絶対本人が部屋に辿り着くまで止まらない。『繰り返す』と『一年』の間に微かに音がプッと切り替わる部分があるから、ボイスレコーダーか何かで機械的に繰り返し流させているのかもしれない。
かと言って一人で行くような馬鹿な真似は避けたい。最初は『天使』のようだと思っていた彼女が実際は兇悪な『小悪魔』であることは僅かな付き合い中で十分ん認識させられている。せめて、自分以外の標的となり得る人物を連れて行かないと、彼女の攻撃を少しでも避けることなど難しいだろう。
「あれ………、山下は?」
いつもなら、自分の机で本を読んでいるか、威の寝顔を見ながら笑っているはずの威の幼馴染・山下洸野の姿が、幾ら見回しても見つからない。
「ああ、山下なら、山下先輩に連れて行かれたよ」
応えたのはクラス委員長の中川透だった。彼は自分の彼女である篠川奈美と一緒に可愛らしい弁当を広げていた。どうやら、彼女が二人分の弁当を作ってきてそれを一緒につつくようだった。
「それより、あれ、どうにかしろよ」
透と奈美の視線が揃って先程からずっと流れつづけているスピーカーに向けられる。
普通、これほど大々的に校内放送を使いつづければ教師によって止められるのが常なのだが、この学校の多くの先生は成績優秀者に対して全く発言権を持たないため、誰にも止められないのだ。ちなみに残りの先生はといえば威の父親を筆頭にした『この状況を面白がる』ようなぶっ飛んだ先生である。
「いやな予感がするけど、行くしかないよな」
「がんばれよ」「がんばってね」
溜息混じりの威の言葉に、彼らはにぃっこりと笑って手を振った。
その様子に胡乱な視線を送りつつも、威は暴力的な放送を止めるために生徒会室へと走ったのだった。
ようやっと始まりました『夢見の家』の3話めです。
今回の話は普通(?)の高校生による日常(??)です。
ファンタジー要素がまったく入っていないですが、ちゃんと『至空の時』のシリーズになります。
長さとしては『回想』と同じぐらいか、もうちょい長いか。
それなのに今回の部分は文章の流れ上、他の話よりかなり短めで投稿とあいなりました。
とりあえず、またがんばりますので、よろしくお願いします。