夢見の家 回想15(終)
「いいのか?特訓させられるぞ?」
諦めきった兄の言葉に、洸野は小さく頷く。
「俺も少しばかり怒ってるから、大丈夫です。兄さんこそいいんですか?裕穂さんに好き勝手言われてましたけど」
「それこそ、騙されるのが男の甲斐性ってもんだろ?」
屈託の無い笑顔で、盛大に惚気られて洸野は問いかけたことを少しだけ後悔した。
目の前には何やら楽しそうに計画を練っている威と裕穂がいる。彼らは何やら相談事を終えるとこちらに再度視線を向けて、「山下っ!」と手招きをした。
「はいはい、相談事もいいですけど、もうすぐホームルームが始まりますよ。また、夕方にでも集まりませんか?」
洸野の言葉に威と裕穂は目をぱちくりさせると部屋に備え付けの時計を確認した。
どうやら、楽しい会合をしてたために思ったよりも時間が過ぎていたようだ。
「そうだね、じゃ、放課後にまた、生徒会室に集合ね」
裕穂は即断でそれだけ決めると自分の鞄を持った。他の3人もそれに倣って部屋を出る。裕穂たちは部屋の施錠を終えると楽しそうに手を振って、教室へと駆けていった。
「それじゃ、俺たちも教室に戻るとしますか」
威が極めて明るく声をかけると、洸野も少しぎこちなく「そうだな」と応える。
この違和感もやがて時が解決してくれるだろう。そのための努力を怠らないようにこれからはもっと周りを見据えて頑張らなければ。
威は新たにそう心に決めると、比較的軽い足取りで教室への一歩を踏み出したのだった。
お・ま・け
裕穂たちと親交を深めあった翌日……威は教室の自分の机の上で頭を抱えていた。
この間休んだのだから、ときっちり受けようとした化学の授業。教室に入ってきた威の父・良弘は授業開始と同時に満面の笑みで手にしたプリントを配った。
「今日は、予告どおり授業の前半を使ってテストを行います。ボーダーラインは80点。もちろん、そんな点数も取れなかった人には容赦なく居残りで職員専用トイレの掃除をして貰います」
今日がテストだなんて聴いていなかった威だったが、そこそこ化学には自信がある。よっぽど意地悪な問題でなければ、確実に80点は取れるだろうとたかを括っていた。
しかし、彼はプリントの内容を見て愕然とした。配られたプリントは某T大入試の際に出てくるような内容、更に最近発表されたばかりの論文からの引用もなされている代物だった。
呆然としている威を余所に周りの級友たちは物凄い勢いで解答欄を埋めている。
(これって……これって)
威はとりあえず、自分から見える位置にある洸野の席へと視線を移す。彼は威の視線に気付くと一度謝ってから他の級友たちと同様にプリントへと鉛筆を走らせ始めた。
「おやおや、さぼっていた人にはテストのこと教えては駄目だといったのに、洸野くんには誰かが教えてしまったようですね」
呆れたように良弘が言うと、級長の中川透は一旦書く手を止めて、目の前の教科担任に笑いかけた。
「やっぱり人徳の差ではないですか?」
「そうですね。洸野くんにはうちの息子にはない人徳がありますからねぇ」
まるで申し合わせたかのように互いににっこりと笑いあうと、彼はまたテストへと取り組み始めた。
(ああああぁぁぁ……何気に父さん、怒ってたんだ)
確かに怒っているかもとは思っていたが、まさかこんな報復を実の息子にかましてくるとは考えもしなかった。
「さあ、前回の授業さえ聞いていれば難しくない問題ですよ。威もちゃんと、頑張ってくださいね」
優しい、本当に見た目だけは優しい父親の笑顔に、言いようも無く冷たいものを背中に感じながら威は泣く泣くテストに向き合うのだった。
まだ後、少し時間がありそうなので『回想』15話目アップです。
以前書いた時との設定の食い違いや、一人称の文章を三人称に直したための視点の移動のせいで、途中亀の歩みぐらいに更新が送れましたが、何とか最後までたどり着けました。
次は一気に話の雰囲気が変わり『選挙戦』です。珍しく普通の学園ドラマになります。