夢見の家 回想12
翌日、いつもより早めに学校に着いた威は教室に洸野の姿がないのを確認すると、少しの逡巡の後、そのまま生徒会室へと向かった。
1年ながらに生徒会役員をやっていた理や洸野とは違い、威にとって初めて訪れる場所である。彼はごくりと唾を嚥下すると、ドアをノックした。
「はぁい、どうぞ」
中から応えたのは可愛らしい少女の声だった。そういえば、前期から今期にかけての生徒会長は可愛らしい女性だと理が言っていた気がする。
威は一度だけ軽く深呼吸をするとガラリとそのドアを開けた。
「おはよう、威」
朝には滅法弱いはずの洸野が眠そうな雰囲気を隠さないまま、扉を開けた威に挨拶をしてきた。
「朝に弱い山下が、きちんと朝から活動してるなんて珍しいな」
威としては教室に洸野の姿がないのはまだ来ていないだろうと踏んでいたのに、どうやら彼は威がいつ生徒会室を訪ねても大丈夫なように早くからここに待機していたようだ。
「もしかして、昨日から泊まってたとか?」
「お前、いったい俺のことなんだと思ってるんだ?」
自分よりも早く起きて行動する洸野を信じられない目で見つめながら威が呟くと、彼は眠気も混じった胡乱な瞳で幼馴染を睨み返した。
「で、掛け合い漫才は何時まで続くのかな?」
二人の会話を止めるように、先程、部屋に入る前に応えてくれた声が響いた。鈴の転がるような可愛らしい声にはそこはかとなく笑いが含まれている。
誰の声かと威が辺りを見回すと、その人物は眠そうにしている洸野の後ろからひょこっと顔を出してみせた。
「あ……確か、君は」
現れたのは由宇香が入院している時に病院で会った少女だった。
万人が天使のようだと称えるだろう幼さの残る柔和な顔、その顔を包み込むように短めの栗色の髪がほわんほわんと揺れている。瞳は洸野と似た明るく綺麗な緑色……その奥には意志の強さを現すような光が見えた。
「ちょっと前ぶり?君のことは理くんや洸野くんからよぉく聴いているよ」
背の低い彼女は威に近づいてくると最上級の笑顔で彼を見上げてきた。
やはり天使みたいだ、と威は改めて実感した。それにしても同学年にこんな可愛い女の子が居れば、気付きそうな気がするのだが……どうやら見落としていたようだ。
「この学校の生徒だったんだ、知らなかった」
見上げてくる少女に向けて、彼が正直にそのことを告げる。
すると彼女は暫しきょとんとしてから盛大に噴出し笑いをしてくれた。
「あーはははっははは、苦し……ナイスだよ、威くん。高等部の生徒でその大ボケをかましてくれるのは君ぐらいだ!」
苦しそうに笑う彼女の後ろではこれまた洸野が肩を震わせながら机にうつ伏せている。どうやら今の発言は彼の笑いの壺にも嵌ったようだった。
(そんなに有名な人物なのか?)
彼女だけが自信を持っているのではなく、洸野すらそれを認めているということは、それなりに彼女は高等部で名の知れた人物なのだろう。
(あれ、そういえば今期の生徒会長って女の人だったけど……)
目の前の人物はどう見ても自分より年上に見えない。下手すれば中学生でも通るのではないだろうか。
「改めて自己紹介するね。僕は御園裕穂。風原学園高等部現生徒会長様だよ」
小柄の割にはそれなりに発達している胸を大きくはりながら、少女はにんまりと笑って見せた。
がらっ……
「自分の役職に『様』をつけて紹介するのはある意味サムイぞ」
生徒会室のドアが開くと同時に声優張りの低く通る声が高い位置から裕穂の台詞に突っ込みをいれる。
「じゃあ、剣人には副会長様様とつけてあげよう」
裕穂が楽しそうに答えるのを横目に見ながら威が振り返ると、そこにはとても背の高い男子生徒が立っていた。身長は2m近くあるだろうか、威の中で『背の高い人物』のイメージでもある父・良弘よりも背が高いように見受けられる。そして顔立ちは……
(なんとなく、山下に似てる?)
でも、威が理解している範囲では洸野は一人っ子のはずだ。
ぽかんとなんとも間の抜けた顔で見上げてくる威の様子に彼は苦笑しつつ洸野に視線を向けた。
天使(?)との再会です。ちなみにこの天使は周りには『小悪魔』『魔王』『恐怖の大王』と呼ばれています。
彼女の天敵は理ですが、今はいないので仕掛けし放題で暗躍してます。
後、2〜3話ぐらいで話のめどがつきそうです。