夢見の家 回想11
「とりあえず、次に威が一番すべきことは『彼』に謝ることですよ」
良弘はそれだけ告げると威の頭から手を離し、やっと上へとあがってきた息子と視線を合わせた。
威は彼の言葉に深く頷くと「明日、学校で謝るよ」と父親に約束する。
一番、守らなくてはいけない相手を放っておいたのだ。誰よりも傷ついていても、その心をずっと隠してしまうような彼にきちんと謝らなくてはならないだろう。それは威が一番実感している。
「あの、よろしいでしょうか」
会話が途切れたのを見計ったように、メイド頭の美智子が威に声をかけてきた。その手には封筒に入れられた手紙のようなものを持っている。
「威さまが眠られた後、こちらに洸野さまがお見えになられました」
いつも控えめに用件だけ伝えることが多い彼女にしては珍しく、何か厳しいものを含んだ物言いで彼女は言葉を続けた。
「部屋に戻られた威さまのことを伝えると、様子を見に行かれて……その後、しばらくしてから降りてこられたと思ったら『理の部屋で眠っていた、起きたらこれ渡してくれる?』と言い置いて帰られたのです」
日頃の洸野が他人には……自分を守る3人の少年とその妹、そしてこの家の当主夫妻にしか見せないような苦痛の感情の滲んだ笑みで告げられた言葉。よっぽど精神的に弱っているのだろう少年の様子に生まれたときから面倒を見ている威に対しての態度が自然と叱責口調になってしまう。
「ごめん、美智子さん。それ下さい」
威もそれを解かっているのか素直に彼女に謝ると幼馴染からの手紙を受け取ろうと手を差し出した。
彼女は少しだけ頷き、それを手渡すと「差し出がましい真似をしたか?」と当主である実に視線を向けた。
実は苦笑を浮かべながら、自分が小さい頃から仕えてくれている古参のメイドに頷いてみせる。美智子はそれに微笑で帰すと、すっと頭を下げてその場を辞した。
威はその様子を見送ってから自分の手の上にある洸野からの手紙の封を開けた。
『威へ
理の部屋にあったレターセットを借りて勝手に書いてみた。
改めて手紙を書くことなんて無かったから少し緊張する。
だけど口で言うのはもっと抵抗があるので、とりあえず手紙で。
いいかげんに、泣き止まないと理と由宇香ちゃんが悲しむ。
あの二人はお前の笑顔が好きなんだから。
いつも笑っているお前に癒されているって言っていた二人を悲しませる真似をするな。
だから、もう少し、前向きに……せめて、ほんの少しでも周りの人に心を開いて欲しい。
みんなが威の事を大切に思い、心配していることを思い出してくれ。
俺も、暗いまんまの威を見るのは辛い。
追伸・会わせたい人がいるから明日、登校したら生徒会室にくること
山下洸野』
洸野らしい少し朴訥な部分がある言葉で手紙は終始紡がれていた。
(自分の意見を最後に書くところなんて、本当に)
本当は自分だって傷ついているのに周りの人間のことを中心に伝えて、自分の心は最後にしか言わないそんな所も彼らしくて少し苦笑してしまった。
あの事件から今までだって、自分の心の痛みを一切出さずに、ずっとずっと威の心配ばかりをし『悲しみの感情』はすべて内に閉まってしまっている。
いつもならそんな傷など威たち全員で表に曝け出して傷を癒していた。
だけど今回は威が先行して暴走し殻に閉じこもったせいで彼はいつもよりもしっかりと自分の回復しない心の傷を内々にしまいこんでしまった。自分が彼にそうさせてしまった事に彼は今更ながら深く反省する。
「俺って、本当に馬鹿……」
「なんだ今ごろ気付いたのか?」
「おや、今ごろ気付いたんですか?」
呟く息子の言葉に、容赦なく両親は笑ってみせた。その後ろでは流石に噴出すのは拙いだろうと必至で肩を震わせている村野や美智子の姿も見える。
「ううぅぅっ……それじゃ早いところ馬鹿の汚名を返上するさ」
威はそう宣言すると、理が居なくなる前までとはいかないが出来る限りの明るい笑顔で笑って見せた。
威、両親に小馬鹿にされています。
二人とも深く落ち込んで行動できなくなる前に、次期策を考える人なので、うだうだと悩み続けている息子にいらだったのでしょう。
とりあえず、さっさと威にいろんな方面へ謝罪させてこの話を終了前もって行きたいです。