二
「やぁやぁ、櫻井君ではないか!今日から隣の席だ、仲良くやろうぜ。よろしく頼むよ!」
僕は、この音声を認識するのにひどく時間がかかった。
時間としては、ほんの2.3秒であったのかもしれないが、僕の心は永久に凍結し何千年もの歳月が流れたのであった。
僕の日常は、核爆弾で破壊されたのだ。
どうやら、この音声は僕に向けて発せられたらしい。例えば、腕を骨折した時にはギブスを3ヶ月程度はつけられるものであり、その間には腕の筋肉の機能を全く果たせないため、ギブスを外した頃には随分と腕が痩せ細っているらしい。この例えは万人が経験したものでもないため不適切かもしれないが、そんな長期間でなくとも、しばらく使わなかった機能が衰えていた何てことは誰しも経験したことであるだろう。野球でいわれるのは1日練習しなかったら取り戻すの3日かかるとか?
で、僕にも果たしてそれと同じことが起こっていた。いや、まあ、運動部に所属しているわけでもなし(もちろん、だからと言って逆説的に文化部に所属しているというわけではない)筋肉が衰えたとかそういうものを問題にしているわけではなく、衰えたのはコミュニケーション能力だ。当然の結果だ。ところで、他人から嫌うという評価を得たいがために無視をすると述べていたが、完全無視を決め込むのは不可能だ。一応誤解を生まないためにここで断言しておこう。人間誰しも、後ろから音が飛び込んで来ようものなら、まさに脊髄反射で後ろを振り向くだろう。本能で僕は返答を返す。(頭痛が痛いみたいな文章だ)
「は、はぁ...」
二つが組み合わさった結果だ。
通常人なら、ここでおそらく、...なんて返答するのかな?そもそもこんな状況(今は6月、新しいクラスもすっかり活性化してくるころだ)通常人なら巡り合わせないだろう。
「ははは!君いつも一人でいるよねぇ。面白いやつだな!」
いやおもしろくねえよ。別にお前を愉快な気持ちにするために一人でいるわけでもない。
ん、あー、えーっとこいつの名前、なんて言ったかな。性別は女だとは外見で認識できるのだが。しかし、なんとも、ボーイッシュなやつだな。髪型も思いっきりショートだ。いやぁ、好きだぜ、僕。ボーイッシュな娘。
それより、初対面の相手の自ら自己紹介もせずに、猪突猛進に会話を放り投げてくるとは、なんてやつだ。礼儀を知らないのか、有名人にでもなったつもりだ。
いや、実際をいうとこいつは有名人、いわば「クラスの人気者」なのだがスクールカーストで言えば間違いなく最上位に君臨する王であろう。百獣の王だ。ライオンキングだ。こいつは僕とは対照的に全く、ひとかけらも一人でいるところは見たことがない。勝手に人を引き寄せるのだろう。僕がクラスから嫌う評価を集めているのなら、こいつはその真逆だ。いや、別に僕みたいに能動的に評価を集めているわけでもないのだろう。
友達がいないようなやつにわけもなく女の子が寄ってくるなど側から見ればとんだハーレム小説だ。量産型ライトノベルだ。ご都合主義すぎる。そんなことなど望んでいない。ハーレムものの主人公なら冗談交じりで「もう勘弁してくれ〜」とでも言うのだろうが、そんなものではない、拒絶だ。僕の世界線から消えて欲しい。もし僕が本当にハーレムものの主人公だったなら【異能】の力を使いこいつを【異次元】に放り込んでるところだ。必殺技の名前でも考えとかなきゃな。
しかし、しかし、こいつには、あった。明らかに、違うところが。
こいつは、
僕のことを、全く憐れんじゃいなかった。