一人目――二銭銅貨(漆)
それからは自分でも信じられないくらいに推理小説というものにはまった。たいていはパターンというものがあるらしいのだけれど、それにとらわれない展開の小説のほうが、僕は好みだった。そのうちSFやファンタジーにも手を出して、受験勉強と平行してかなりの量の本を読んだと思う。
大学受験も無事に成功した。この頃には大事な友人となっていた森と同じ大学。森は人文学部で、僕は経済学部だったけれど、サークル活動では一緒に行動することがほとんどだった。
大学の四年間、そうやって過ごしてきた森は、もうかけがえのない友で……そして。
「なあ。平井、これからもずっと、こうやって一緒にいられたらいいよな」
大学を卒業する前日、僕は森にそう言われた。僕は――言わんとすることがわかって、思わず口ごもる。
「だからさ、平井。おまえ、男みたいな口調、直せよな」
卒業式のために伸ばしていた髪を、僕は――いや、私は翻し、森の手をつかんだ。
「あの日、森に出会わなかったら、ぼ……私は、きっともっとつまらない人生を送っていたと思う。ほんとにそう思ってる。だから、……責任、とってよね」
あの日、二銭銅貨を持って図書室に行かなければ、こんな出来事はきっとあり得なくて。
だから、それからずっと、あの二銭銅貨は私の宝物だった。私と彼をつないでくれた、かけがえのない品だった。財布の奥にしまっているくらいに。
森は、そんな私を優しく抱きしめて。そして、ぽんと頭をなでてくれた。
それがさも当然であると言わんばかりに。
――あの日、あの店に出会わなければ。
――私はずっとひとりぼっちだったに違いない。
――だから心の中で、あの店に礼を言う。
――『ありがとう』。