一人目――二銭銅貨(陸)
その翌日、僕は幸いにも風邪をこじらせることもなくまた学校に通った。昨日の不思議な喫茶店での出来事は、自分のなかにそっととどめておこうと思ったのだが――昼休みになって、クッキーをもらっていたことを急に思い出した。弁当だけで足りなかったわけではないけれど、僕は食後のおやつと思ってクッキーの包みを取り出す。
しかし。
包みはあった。けれど、その中に入っていたのはクッキーなんかじゃなく……
「……コイン?」
そう、見たこともない古びたコインが綺麗に包まれていたのだ。よくよく見てみると、そのコインには
『二銭』
と刻まれている。どうしてこんなものが、と思いながら僕は図書室に向かった。
二銭というこのコインの価値のようなものがわからないかどうか、確認したかったのだ。
と、僕は集中力が散漫となっていたのだろう、図書室の前でどんと誰かにぶつかった。見れば隣のクラスに在籍している男子生徒で、森という青年だった。確か文芸部に所属していたはずだ。
「あれ、おまえC組の平井だっけ?」
森は僕にそう問いかけてくる。と、彼は僕が手にしていたものを見て、目を輝かせた。
「あっ、それ……もしかして二銭銅貨?!」
いきなり瞳を輝かせて問いかけられ、僕は目をぱちくりさせる。
「あ、ごめん。俺はさ、江戸川乱歩の推理小説が好きなんだけどさ――」
話を聞いてみると、どうやら江戸川乱歩の作品に『二銭銅貨』というタイトルのものがあるのだそうだ。僕はそれを知らなかったので、へぇ、と聞いている。
「江戸川乱歩ってペンネームなんだよな。本名はおまえと同じ平井って名字なんだ」
乱歩好きなら知っていて当然、といわんばかりに、彼は楽しそうに言葉を続けていく。そんな彼の話し方がいかにも楽しそうで、僕は聞いてみた。
「その、『二銭銅貨』って作品、本とかをあまり読まない僕でも読めるかな」
「ああ、絶対おもしろいって。もしよかったらほかにも俺のおすすめの小説、いくつか教えてやるよ」
……彼と話すのは今日が初めてと言っていいくらいだったのだけれど、彼はわかりやすく教えてくれたし、それのそのどれもが興味深く聞くことができた。僕のような初心者でも楽しめるであろう推理小説を、彼はいくつも紹介してくれて――僕はその日、初めて江戸川乱歩の『二銭銅貨』を読んだのだった。