一人目――二銭銅貨(肆)
「……とりあえず、何か飲みます?」
結局のところそこで逃げようとしてもどうしようもないことに気づいた僕は、とりあえず桂さんの言葉に従ってカウンター席に腰を下ろしたのであった。桂さんはなかなかそこらで見かけない艶やかな黒髪とくりっとした大きな黒い瞳が特徴的な、一言で言えば美人さんだった。顔立ちも整っているせいか、どこか人形めいた感じもする。テレビや雑誌に出ていてもおかしくないくらいだな、と僕は内心思った。
けれどそのくるくる変わる表情は確かに間違いなく普通の人で、だからこそのギャップみたいなものがあって、それが彼女をかわいらしく見せているのだろう。着ている服はこざっぱりとしたブラウンの襟付きシャツに同系色のタイトなパンツ。その上にカフェエプロンという図は、いかにもカフェで働いているという雰囲気を醸し出していて、それもまた好印象の原因だろう。
僕はそんなことをぼんやり考えながら、手渡されたメニューに目を通す。
「……」
そこには、いくつかの商品名が並んではいたけれど、コーヒーの品種に疎い僕にはまるっきりわからない。おそるおそる、桂さんに聞いてみる。
「僕、こういうのあまり飲まないので……おすすめとかありますか」
すると、桂さんは微笑んだ。そして、メニューの一番下を指さす。
「まあ、実のところこのメニューは一応あるだけ、って感じなんですよね。この店に来るお客さんは、九割九分これを頼むんだから」
そこにあった文字は、『シェフの気まぐれコーヒー』。
「カフェにシェフなんておかしいんだけど、この言葉が一番語呂がいいですからね。どうします? これでいいです?」
僕はさっきもいったとおり、コーヒーの味についてはまるで疎い。だから、こくりと頷くしかなかった。そもそもこの店には何かの間違いでやってきてしまったようなものだし、こういうときは店員のお任せに頼った方がいいに違いない。
「……じゃあ、それで」
僕はぽつりとそう言うと、その店員さんはにっこりと笑った。
「はい、少々お待ちくださいね♪」
桂さんは綺麗な綺麗な微笑みを見せてから、鼻歌交じりにカウンターの奥で準備を始めた。