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一人目――二銭銅貨(弐)

 

 僕はそのころ、高校三年生だった。

 大学受験を控えた時期とあって、僕も多くの同世代の若者と同じく受験勉強にあけくれた毎日を送っていた。

 高校はそこそこのレベルで、僕自身の成績もそこそこ。それでも目標にはまだ足りなくて、週に三回は地元で評判のよい予備校にも通っていた。

 勉強、勉強、勉強。どこから見ても立派な大学受験生で、遊びの余裕なんてほとんどないに等しい。

 毎日が勉強詰めで、僕も少し疲れていたのだと思う。ストレス解消は暇な時間に読むマンガや、時々行くカラオケやゲーセン程度のものだった。

 人付き合いのうまくない僕は、たいていひとり。

 クラスメイトの多くはたいていつるんで行動していた。部活の仲間同士だったり、同じ予備校だったり、あるいはもっとほかの理由だったりで複数人で行動していたけれど、僕はたいていひとり。

 当時の僕は友人をわずらわしいものと感じていた、というのもあるかもしれない。

 だから、その頃生徒たちの中で噂になっている喫茶店のことなんて、知るよしもなかった。

 

 

 その日は冷たい風が吹いていた。

 元々少し風邪気味だった僕は学校を早退して、なんとはなしに町を歩いていた。

 もう夏休みも終わり、世間は学校行事の賑わう時期だけれど、僕は幽霊部員だった部活動もきちんと引退している。文化祭もそれほど興味がなかったから、どうにもそれでざわついている校内に居場所を持ちづらい、という気分はしていた。それに担任に風邪気味のことを伝えると、「今は大事な時期なのだし」とさっさと早退を勧められてしまった、というのが実際のところだったりもする。

 今日は秋らしく雲一つない良い天気なのだが、そのぶん頬に当たる風はだいぶ冷たくなっていて、微熱がちの僕にはそれが逆にひんやりと気持ちよかった。そのせいだろう、早く帰宅して横になりたいと思ったけれど、それと同時になぜだか町をぶらつきたい気分にもなっていた。

 町のいちょう並木も、少しずつ色づき始めている。

 普段から見知っているはずの町の風景なのだが、その日は少し熱に浮かされていたからだろうか、どこもかしこもいつもとほんのすこしずつ違って見えていたのだ。

 なにが違うかを具体的に言葉にするのは難しい。ただ、その町の持っているイメージというものが、何となくだけど違っていたのだ。たとえていうなら、色合いがほんの少し違うとか、漂ってくる町独特のにおいが違うとか、そう言うレベル。

 とはいえ、少し火照った頭で考えても正しい答えが導き出せるはずもなく、僕はただふらふらと歩いているだけだった。

 ……と。

 ぶわっと、強い風が通り抜けていった。風に揺さぶられたいちょうの木の葉が、わずかに僕の身体にまとわりつく。

 僕は思わず目をつむり、風の過ぎ去るのを待った。

 やがて風が止み、僕がそっと目を開けると――いつも見慣れているはずの町角の片隅に、小さな見慣れない看板が出ているのだった。

 風に乗って、わずかに漂ってくるのは香ばしいコーヒーの香り。

 普段コーヒーなんてめったに飲まないのに、その香りはやけに僕を誘ってくる。

 そしてレトロな雰囲気のステンドグラスを施された看板には、夜空と丸い月が描かれている。その看板の隅に、金色の文字で

  『観月館』

 ――そう、書かれていた。

 

 それが、クラスメイトが噂していた店だと知るよしもなく。いやそもそも、噂の存在自体を知らなかったのだけれど。

 僕はただ、その香ばしい香りに導かれるようにして、ふらりと店の扉を開けたのだ――。

 

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