一人目――二銭銅貨(壱)
もし、あの日。
あの店に出会わなければ、きっといつまでもひとりぼっちだったのだろう。
そんなことを、今も時々思う。
――ねえ、知ってる?
――そのコーヒーショップのジンクス。
――そこでコーヒーを一杯飲むと、願いが叶うんだって!
――でもそのお店、どこにあるの?
――そんなお店、見たことないわよお?
――でも本当にあるんだってばぁ、お姉ちゃんの友達が行ったって聞いたもの!
帰宅ラッシュには少し早い頃の電車の中で、そんなはしゃいだ声が響いている。
学校帰りでうとうとしていた僕は、年若い声に思わず目が覚めてしまった。
見れば高校生くらいだろうか、数人のセーラー服姿の少女たちがそんなことを無邪気に話し合っている。
それは、はたから聞いている分には、とてもたわいもない噂なのだろう。
それこそ夢見がちな女子高生が好むような、そんな噂。思い返してみれば、僕の高校でも似たような噂が流れていたっけ。
それにしたって、『○○にあるコーヒーショップでコーヒーを飲めば願いが叶う』だなんて、今どき漫画でもお目にかかることのないたぐいの話だ。
それはあるいは都市伝説と言い換えることもできるかもしれない。
……でも、その店はきっと、ちゃんと存在するのだ。僕はそれを知っている。
なぜなら、僕はその店をかつて訪れたことがあるからだ。
僕は財布の奥に大事にしまってある小さな古びたコインを取り出す。作られてから時間がたち、本来の輝きをすでに失っているそれは、二銭銅貨と呼ばれているものだ。……けれど、僕にとっては何よりも大事なものなのだ。
あの日もらったコインを見つめながら、僕は『あの店』のことをぼんやりと思い返していた。