その3
こんなところで昼食というのもなんなので、今いた場所から少し離れることにした。
二・三分走ると、からっぽの貯水池のある敷地内にちょうどよいスペースがあるのを見つけ、そこで昼食をとることにした。
敷地の入り口である金網の扉は、閂と南京錠を通す穴はあいているのに、南京錠は見当たらず、拍子抜けするほど簡単に入ることができたのだ。
扉付近に俺達の軽自動車と吉川さんのバイクをとめ、手早く昼食の準備にとりかかる。
お互いに食糧を持ち寄った(割合的には少ないものであったが、まあバイクではそこまで多く運べないだろう)ので、久方ぶりのプチ贅沢な食事となった。
高山にしてみれば、主食であるインスタントカレーのほかに一品つくだけの昼食でも、平常時よりは大分贅沢であると思えるのだが。
こんな世の中で、食事にいちいちわがままなどは言っていられないのである。
いつもは食事中も移動中も会話が少ない三人であったが、吉川の気さく(チャラい)な性格のおかげで、旅の苦労話など会話が弾んだ。
吉川の苦労話の半分くらいは俺達も体験したことがあるようなことであったが、車とバイクでは困ることがちがうようで、お互いそれぞれのエピソードを語り、感心したり同情したり笑ったり。こんなに話したのはいつ以来だろうか。
しばらくして、
「どうして旅を始めようと思ったの?」
会話の盛り上がりのなかで幾分かくだけてきた口調で、黒田が吉川に尋ねた。
吉川はしばらく、うーん、と考え込んでから、
「学生のころから、一度、こうやって旅をしてみたかったんだ。大人になったら、でかいバイク買って日本一周だーっ、ってな。大学卒業して就職して、給料ためてやっとこのバイクを買ったはいいんだけど、会社のこともあるしやっぱ無理かな、と思ってたら、周りがこんなんになっちまって。それからしばらくは、東京で会社の同僚と身を寄せ合って生活していたんだがな。こんな時に不謹慎かもしれないけど、これはチャンスだ、と思ったんだ。その夜にこっそり抜け出して、頑張って自宅まで歩いて戻って、非常食とコンビニからかっさらってきたインスタント系の食糧、着替えや身の回りの物とかいろいろ積んで、今こうやって旅をしてるんだ。まあ、積める荷物が少ない分、不自由はするがな」
……なんだかこの人、
「なんかかっこいいー!考えてることは!」
「俺も思った」
「私も…」
「いや、そんな格好いいもんじゃないぞ!なんか、こう、ハズい!めっちゃハズい!っていうか、お前ら三人こそどーなんだよ!」
*
自分で言っておいて、猛烈に恥ずかしくなってきた。
これ以上三人が追及してこないように、三人の旅の理由に話を逸らそうと聞いてみたはいいものの、一体何があったのか、三人とも黙り込んでしまった。
どうすればいいか分からずにいると、高山が話し始めた。
「俺たちは…、あの日に両親を失って、知人も消えて、生まれ育った町も、誰もいなくなって。そこにいるのが嫌に…というか、耐えられなかったんです。だから、こうして旅をしている…。目的も憧れもありません。ただ、自分の育った、今は無人の町から逃げているように車を走らせているだけです。…ごめんなさい、理由になってないです、よね」
たどたどしい口調で話した後、高山は申し訳なさそうに詫びた。
話の途中から、なんとなく予想はしていた。
大多数の人が消えてしまった世界。
身近な人が消えてしまったということもあるだろう。
この三人だってそうだ。
何の原因も理由もなしに、普通の高校生三人が行き先のない旅をするはずがない。
修学旅行ではないのだ。そんな甘い考えではあっというまに飢え死んでしまう。
親を失い、友や知人を失い、町ももぬけの殻になってしまった。
そんな状況に陥ってしまったら、高山のような考えを持つのも自然なことなのかもしれないと思えてくる。
心に負った傷は、想像を絶するほど深いだろう。
「あの…、どうかしましたか?」
児玉が心配そうに声をかけてくる。
声をかけられて、初めて自分の動きが止まっていることに気付いた。
「…いや、何でもない」
ちょっと頭を振って、いったん今の思考を頭の隅に追いってから、
「いや、すまんな。食事中に重い話させちゃって。さっさと残り食べちゃおうぜ」
と言ったはいいものの、さっきより少し重い空気になり、不味ったな、と反省した。
*
昼食も済み、本格的に移動を再開した。
三人が具体的に東京のどこを目指しているのか、そもそもそこまで具体的に決めていないのかもしれない。
でも東京へ至る道には心当たりがあった。俺が旅を始めた時に使っていた通りだ。あの通りならば、一本で都内まで入ることができる。
ただ問題は―三人もそれくらいは分かっているだろうが―路上に大量に止まっている自動車である。
あの道は、二車線の上交通量がそれなりに多い。バイクですらところどころ迂回しなければならないところがあったくらいだ。自動車は大丈夫だろうか。
そんなことを考えつつ、田んぼのあぜ道を舗装しただけのような道を走る。
時々、バックミラーで後ろの軽自動車との車間を確認しつつ、スロットルを調節する。
運転には流石に慣れてきた、と高山は言ってはいたが、スピードメーターを見ると時速五十km出てないといったところ。原付じゃあるまいし。
三時間ほど走り続け、周りの景色が田んぼから住宅街に変わったころ、
「そろそろ移動は終わりにしようか!暗くなってきたし!」
バイクのスピードを緩め、軽自動車に寄せると、声をかけた。
「そうですね!どっか適当な休憩場所を探しましょう!」
高山はそう言うと、道幅が広がったタイミングを見計らって俺を追い抜かすと、目の前の交差点を曲がっていってしまった。
なんだ、スピード出せんじゃん。
急いてスロットルを開けると、高山の後を追うべく交差点をでハンドルを切った。