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その2

この辺りは都心からさほど離れていないが、田舎のごとく田んぼが広がり、高層ビルなどはほとんど見当たらない。

都心のビル群や住宅街に見慣れている自分にとっては新鮮な光景だった。

愛車の大型バイクを走らせ、そんなことを考えている。

大勢の人が消えてから、はや一カ月。

まだ、これからの計画は何もたてていないが、気の赴くままにこうして旅をしている。

都心には多少ながらも人が残っていたが、県境を兼ねたあの橋を渡ってからあまり見かけなくなり、今となっては犬一匹出会いやしない。

「今日はこのあたりで昼飯にするか…」

と一人つぶやき、スロットルを緩めた時だった。

風の音に混じってかすかにエンジンの音が聞こえてきたような気が、した。

バイクのエンジン音と風切り音に邪魔されてよく聞こえなかったので、ゆっくり減速し周囲の音に気を配る。

すると、あまり遠くないどこかで自動車のようなエンジン音が聞こえた。

久しぶりに人に会うのも悪くない。そう思い、スロットルを再びひねって加速すると、音の聞こえたほうへハンドルを向けた。


                  *


「ん?」

「どうしたの?」

と児玉が問うと、

「いや、なんか今バイクっぽいエンジン音が聞こえたような気がしたんだが…。気のせいかな?」

高山はそう言いつつも車のスピードを少しゆるめ、窓を開け、音を探る。

黒田や児玉も近くの窓を開け、音のありかを探る。

「あっ!聞こえた。」

黒田も聞こえたようだ。

「でも、なんだか段々大きくなってきてない?」

先ほどの言葉に続け、黒田がぼそっと言った。

「あっ、あれじゃない?」

児玉が指さしたほうをちらっと見ると、少し離れたところで何かがきらっと光った。

「そーだね」

「ね、会ってみない?」

「まあ…そうだな」

高山はそう言って、光った何かの方向へ道を変えた。

やがて、裏山のような雑木林をなぞるようになだらかにカーブした道に入った。

田んぼから少し離れただけなのに、このあたりはカーブした道が多いので視界が悪くなっている。そして、

「ねぇ、さっきからバイクのエンジン音がけっこう近くで聞こえるような…」

「「え?」」

児玉のなんだか不安そうな声に高山と黒田が返事をしたのと同時に、少し急になったカーブの先に大型バイクが見えた。

「やべっ!」

高山が急ブレーキをかける。

「「きゃぁぁぁーっ!」」

女子二人が、ブレーキによって生み出された強いGに体をふられ、悲鳴を上げる。

砂ぼこりに視界がうっすら曇り、車が停まる。

高山が目を開けると、三人の乗った車は、バイクと一馬身ほどの距離を残して停まっていた。


                   *


「いやー、すまないね。まさかこんな近くにいたとは思わなくってな」

バイクに乗っていた男の人が、フルフェイスのヘルメットをとりながらそう言って少し笑った。

「こちらこそすみません。僕の不注意で…」

彼が申し訳なさそうに謝る。

「いや、いいって。結局ぶつかってないし、ケガしてないし」

「でも…」

「もーいいでしょ!あの人もいいって言ってるんだし!」

彼のあまりの女々しさに頭にきて、私は二人の間に割り込んだ。

男の人は、それを見て少し笑って、

「こうして会ったのも何かの縁だし、名前、聞いてもいいかな。お互い代名詞で呼び合うのもなんだし」

と言い、私達もとりあえず軽く自己紹介をすることにした。

「高山和義、十七です」

「児玉優香、同じく十七です」

「黒田咲、十七です」

男の人は、「みんな同い年か…」とつぶやいてから、

「…あっ、俺の番か。ども、はじめまして。吉川匠です。歳は二十六、人が消える前までは東京でIT企業の社員やってました」

ハイテンションというかチャラいというかなんというか…、でもそんな言動の中にもしっかりとした何かを感じさせる、不思議な人だった。

こちらを気にもせず、吉川は話し続けた。

「いやー、東京を出てからめっきり人に会わなくなってね、この辺りでは君ら以外には誰とも会ってないんだよ。ところで君たちは?どっから来たの?」

こういう質問には暗黙のうちに彼が答えるようになっていた。少し考えるような間があってから、

「福島県からです。あの日以来、ずっとこの車で旅をしていて、今は東京に向かっているところです」

と、彼がさらさらと答える。

私は、少し気になったことがあって、吉川に尋ねた。

「…ひとつ、お聞きしてもいいですか?」

「ん、何だ?」

「ここ、何県ですか、ていうか、何処ですか?」

あまり地理には詳しくないうえに、地名等の看板はことごとく無視してるので、自分達の現在地はさっぱりわからない」

「ここは千葉県。その中でも北のほうだ。なんかわかりやすい目印でも…。お、あれ見てみろ」

そう言って、吉川は少し遠くに見えるコンクリートの長い陸橋のようなものを指差した。おそらく、鉄道かなにかだろうか…。

「一時期、ニュースで話題になっていた空港連絡線だよ。君らも知ってるっしょ?」

言われてなんとなく思い出した。そういえばそんな話もあったな。私鉄なのに電車が時速百二十kmだの百六十kmだのといった猛スピードで走りぬけ、JRと空港アクセス時間を競っている結果出来た空港連絡線。

こうして実物を拝むことはないだろうと思っていたのだが。

「ま、電気が止まった今じゃ、無用の長物だけどな。なんとなく現在位置掴めた?」

「…まあ、なんとなく。ありがとうございます。ということは、東京は西か…」

これからの進路を考えているであろう高山をちらっと見てから、吉川はこんな提案をしてきた。

「ちょうど昼飯どきっぽいし、よかったら一緒に食わない?」


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