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その4

翌朝、黒田の家探しは本格的に始まった。

まず、一番手がかりとして有力な黒田がいつも使っている鉄道の線路を探すことにした。

といっても、このあたりには鉄道は一本しか通っておらず、高山が通っている学校でもこの鉄道を使う生徒は多い。

いつも使っている最寄り駅から家までのルートは分かると思うので、まずそこ至るまでの線路をたどって行けばよいと考えたのだ。

が、それが予想以上に大変だった。

高山達二人はなんだかんだ線路をたどってここまで来てはいないので、そもそも線路がどのあたりを走っているか分からない。

そして黒田も学校からどの方面へ移動したのか分からない。

つまり、これらの状況から紡ぎだされる結論は―

「完全に行き詰まってしまった…」

実に単純明快で、一番困る状況だった。

とりあえず道路標識を頼りに、学校の最寄り駅同じ地名を探すしかなかった。

朝六時、軽く身支度を整えて三人は出発した。

児玉が道路標識などを見つけては高山に教え、黒田が知っている地名や景色等を見つけては高山に教える、そして高山は二人から与えられた情報を元に車を走らせる。

そんな作業を繰り返しているうちに、気づいたら昼の一時を回っていた。

昼食は、スーパーやコンビニで食糧補給ができている時には惣菜パン、できてないときはインスタント食品などのかなり日持ちのするもの、と決めていた。

今日は惣菜パンだった。一昨日にスーパーで大量に補給できていたからだった。

ただ、ほとんどの商品の消費期限が過ぎていて、現在も危ないものを食べているという自覚はあるが特に腹を下したりはしていない。しかし、近いうちに惣菜パンに頼ることはできなくなるだろう。すべての食事を長期間保存のきくインスタント系か缶詰といったものにシフトしていかなければならない。

そんなことを考えつつも、手早く昼食をとり、再出発。

三人の会話はほとんど無かった。

その後も進展はなく、なんだかんだで日が暮れてしまった。

鉄道までの手掛かりまではつかめたものの、道路は少ないし道に迷うし標識も見当たらないで、あまり近づいた感じがしなかった。

今日は、民家の駐車場のサンルーフに車を横付けして、調理等の作業スペースを確保し、一夜を明かすことにした。


                  *


「あー、そろそろ不味いな…」

元気のないエンジン音に耳を傾けながら、高山はつぶやいた。

高山達―特にドライバーである高山本人―は現在ある問題を抱えていた。

 車の事だ。

 高山の超ゆっくり運転のおかげ(せい)で、なんとか今日までガソリンがもったが、ガソリン残量計がもうEに振り切りかけている。

 こうなると、近いうちにガス欠で車が動かなくなるのが目に見えていた。

 いずれにしろ、手段を講じ、早急にガソリンを補給しなければならない。

 思いついた手段は三つ。

 その一…ガソリンスタンドの地下タンクへ通じる配管を見つけ、そこからガソリンをくみ出す。

 昔、何かの本で見たことがあった。ガソリンスタンドはガソリンを地下にある巨大なタンクに保管しているそうだ。

 そこへ通じる配管を探せば、そこからホースでも垂らして手動ポンプでくみ上げる事が出来る。

 その二…そこら中にゴマンとある動かぬ車のガソリンタンクからガソリンを移す。

 こちらはその一より簡単だ。給油口を開けて、ホースを突っ込んでポンプでくみ上げればいいだけである。

 その三…この車を諦めて、しっかりガソリンの残っている車に乗り換える。

 その一もその二も確実に出来る保証はない。もし出来なかった場合、この方法を採るしかない、というのが結論だった。

 だが少なからず抵抗もある。たとえボロくて小さい軽自動車でも、自分たちの行く当てもない旅を支えてくれているかけがえのない仲間なのである。ガス欠というどの車でも起こりうる事で、見捨てたりはしたくなかった。

 そのためには、前者二つの方法のどちらかを、必ず成功させる必要があった。

近くのガソリンスタンドを探すより、まずその辺に止まっている車のタンクに手をつけること―つまり方法その二を採用すること―にした。

ドアロックが解除されていて、なおかつ鍵が刺さりっぱなしの車はそう多くないが、そうでない車はたくさんある。

給油口までロックされる一部の車はともかく、ガソリンが補給出来そうな車はすぐに見つかった。

事前に高山の提案により立ち寄ったホームセンターでいくつか必要になる材料と燃料携行缶を二つほど確保してあり、すぐに作業開始と相成った。


高山が作った即席給油ポンプは予想外に良い働きをしてくれた。

灯油タンク用の手動ポンプに、一メートルくらいに切断した庭用の散水ホースを差し込み、タンクの底まで届くようにした簡易的なものであったが、ガソリン臭い以外はさして苦労もせず、旅の友の鉄の胃袋は満腹になった。

これからも使えるように、とお手製ポンプをビニール袋に入れ、口を縛り、トランクスペースに入れておいた。

「よし、じゃあ行こうか」

高山が二人に声をかけると、

「そうだね」

黒田もいくらか安心したような声と。

「行きましょうか」

児玉からもいくらか安心したような声が返ってきた。

二人が乗ったことを確認し、高山はエンジンをかける。

エンジンの音もいくらか元気になり、思わず頬を緩める。

高山はアクセルを踏み、車をゆっくり加速させていった。


                  *


翌日、ある昼下がりの事だった。

蜃気楼でかすむ道の先、

「あ、あった!」

「えっ?何が!」

児玉が盛んに前方を指さすので、少し車のスピードを緩めて目を凝らす。

両側に木が鬱蒼と茂る一本道の遠い先に、黄色と黒の縞模様の柱が道路の両脇に立っていた。そこから、同じ模様の棒が地面と垂直に伸びている。

あれは…

「踏切だっ!」

踏切があるということは、そこには当然線路がある。それをたどれば一気に黒田の家にたどり着ける…!

三人のテンションは一気に上がった。

一旦踏切に向かい、どちらに行けばよいかなにかヒントになりそうなものを探す。

そこで高山が踏切の標識に駅名らしき名前を発見、黒田に心当たりを聞くと、自宅の最寄り駅のひと駅隣の駅名で、ここだったらどちらに向かえばいいか分かる、ということだそうだ。

進路を確定し、線路の方向を見失わないようにその場を離れ、出来るだけ線路を見渡せる道路を選んで、黒田が言う自宅の最寄り駅の方向へ車を走らせた。


                  *


黒田家周辺に着いたのは、もう日も沈みかけている頃だった。

高山が住んでいる町より住宅が多く、店舗等も充実していて、このあたりでは比較的規模の大きい町のようだった。

 見慣れた土地だからだろうか、黒田の道案内が段々と具体的になっていく。

 だが、高山は気づいていた。

 さっきまで―厳密にはこの町に入るまで―は、生まれ育ったこの町での出来事や、昔話などをうるさいくらいに俺たちに話して聞かせた黒田が、今は道案内以外の会話をしなくなっていることを。

 右折、左折、直進を繰り返し、あたりのオレンジ色にも、夜の青が混じり始めたころ。

 「ここだよ。」

 着いたのは、二階建ての母屋に少々広めの駐車場、芝生の張られた小さな庭と、このあたりではよく見かけたスタイルの一軒家だった。

 車を降り、「黒田」と彫られた表札を横目に、母屋の前にある洋風な門を抜け、玄関の前に立つ。

 黒田がレバー式のドアノブを下げ、引く。

 鍵がかかっていなかったのか、抵抗もなく扉が開く。

 「ママっ、パパっ、いるのっ?」

 ほぼ飛び込むような勢いで家に入った黒田が、家の中に向かって呼びかける。

 だが、その声にはだれも答えることはなく、沈黙を守る家に吸い込まれていった。

 「誰かいませんかー?」

 児玉も呼びかけるが、返事はなかった。

 黒田が靴を脱ぎ、よろよろと歩きだす。

 俺も児玉に続き、家に上がる。

 「出かけてるだけかもしれない……うん、きっとそうだよ。」

 黒田が自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。

 三人は自然と、黒田の両親があの日以降もここで暮らしている証拠を見つけようと、家の中を探り始めた。

 靴下越しに、また砂の感触を感じたのは、気のせいかもしれない。


 返事が聞こえないというだけで、受け入れられる事柄ではなかった。

 黒田と同じように、きっとどこかに出かけているだけかもしれない。

 今、ここにいないだけで、きっとここで暮らしているに違いない。

 学校に行ったままの黒田を心配して、ここで待っているに違いない。


 けれども、


 家中どこを探しても、その証拠を見つけることは出来なかった。


 見つかるのは、あの日の日付で止まっている、洋風な家にはあまり似つかわしくない日めくりカレンダーや、まず真っ先に手を出すはずの非常食がそのまま残っている床下収納だった。

 これらが示す事柄はただ一つ。

 あの日以来、人の生活が止まってしまっている。つまり、ここに住んでいる人が消えてしまった事だった。


                  *


 わずかにあいている窓から吹き込む風に、カレンダーが揺れている。

 「なんで…、なんでっ…、どうして消えちゃったの…?パパ…ママ…。」

 両親が消えてしまった現実を押しつけられ、リビングで泣き崩れる黒田を、俺と児玉はただ見ているしかなかった。

 今彼女の心には、どれほどの悲しみが押し寄せているのだろう。それを察する事は出来なかった。

 自分たちがどんな言葉を投げかけても、それは彼女を傷つけるだけかもしれない、そうとすら思えた。

 泣き止んだ後も、彼女はしばらくの間、座り込んだまま俯いていた。


                   *


どのくらい時間が経っただろうか。

 外は、夕焼けのオレンジ色がすっかり消え去り、夜の青が空を支配していた。

 制服の袖口で涙を乱暴にぬぐうと、黒田は立ち上がり、こちらに背を向けたまま、

 「ママとパパが消えちゃったのは悲しいけど、ここでいつまで泣いていても二人は帰ってこないから。泣くことはもうやめて、これからの事を考えなくちゃ。過ぎたことを悔やんだってどうしようもないしね。」

 そう言って、こちらを向いた。

 赤く充血した目でこちらをまっすぐ見つめる。

 「何て言えばいいのか分からないけど…、これから一緒に、旅をしてもいいですか…?」

 言い終えると、恥ずかしいのか、断られるのが怖いのか、目を伏せて俯いてしまった。


 「もうしてるじゃないか。」


 黒田は、え、と小さく言って少し顔をあげた。黒田のうっすら充血した目を見つめながら、俺は続けて言った。

 「ここまでの道のりだって、たった二日間の出来事だって、立派な旅だよ。目的地が決まっているか決まっていないか、それだけの違いじゃないか。」

 俺は一呼吸置いてから、

 

「だから、一緒に旅を続けよう、黒田。」


黒田の目から、光る滴が流れた。

あれっ、と言いながら涙をぬぐう。

さきほどとは違う再び溢れてきたそれを、袖口でぬぐう。

そして黒田は、一目ぼれしそうなほどの最高の笑顔で言った。

「…うんっ!」

こうして、三人の旅が再び始まった。


                  *


軽自動車のトランクに新たなボストンバックが積まれた。

黒田の荷物だ。

昨晩は、黒田の家に泊まらせてもらった。

その間に黒田に許可をもらい、非常食を補給する。

黒田は家中をを行ったり来たりして、荷造りを進めていた。

ついでに、今夜だけ、と黒田の両親の寝室のベッドに寝かせてもらった。久しぶりに寝るまっ平らな布団は大変寝心地が良かった。

虫さえも消えてしまったのか、というくらいの静かな夜。ほんのかすかに、自室のベッドで寝ている黒田のすすり泣く声が、聞こえたような気がした。


全員が起きた翌朝八時、今日の旅が始まった。

相変わらず、後部座席には児玉がど真ん中を陣取り、黒田はすでに助手席を我が物にしていた。

「じゃあ、行きますか!」

「うんっ!」

「れっつごー!」

後ろと横から、元気のよい返事が返ってきた。

少しアクセルを踏むと、軽自動車は軽快なエンジン音を立てながら、ゆっくりと加速していく。

駐車場を出て、ぽつぽつと立つ住宅を横目に、車は走る。

サイドミラーから見える黒田の家が、どんどん小さくなっていく。

視線を前に戻してから、横目で黒田を見る。

黒田は、前を向いていた。

その目は、これからの旅路に向けられていた。

毅いやつだな、俺にとっては羨ましい。

俺は、再び正面に視線を戻すと、更にアクセルを踏み込んだ。

―そういえば、自分は何故、両親が消えたことをあれほどあっさり受け入れられてしまったのだろうか。

自分の心の内だというのに、はっきりと正体をつかむことができなかった。


                *


静寂の町にエンジン音を響かせながら、走り去る一台の軽自動車。

そのスピードはお世辞にも速いとは言えず、はたから見れば不安にもなるくらいの運転であった。

各々がこれからの正体の掴めない旅路に期待と不安を抱きながら、車の揺れと、気まぐれの進路変更に身を委ね、車を進めている。

そんな車もやがて町を抜け、背の高い杉の木が立ち並ぶ幹線道路にその姿を隠すだろう。

三人を乗せたその軽自動車がどこへ向かうか。


―それを知る人は、誰もいない―


そろそろストックがなくなってきたので、掲載ペースが大幅に落ちると思いますが、ぜひ今後もお付き合いください。

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