その2
スーパーを一周して出入り口に戻ってくると、そこには仁王立ちして満面ドヤ顔の児玉がいた。
ちゃっかり使っていた買い物カートには、小さい片手なべや、コップなどの簡単な食器や調理器具が数個。そして、カセット式ガスコンロの白い箱もあった。
しっかり替えもある。
「おお、すごいな」
と、一言だけ感想を述べると、
「ふん、私にかかればこんなもんよ!料理は出来ないけど、調理器具くらいならそろえられるんだから!」
ん?
まて、少々不穏な単語が混じっていたぞ。
率直に聞くのは当人に悪い気がしたが、
「お前って、料理出来ないのな」
「う、うるさい。家で料理する機会なんてほとんどないし、家庭科苦手だし、最後に台所に立ったのは確か…去年のバレンタインかな」
マジか、バレンタインチョコレート製作の経験は野菜や魚には活かせない。ていうか、去年の事じゃそもそも当人があまり覚えていないだろう。
「じゃあ、料理は俺がやるから、とりあえず車に戻ろ」
と言うと、児玉は少しふくれっ面で、もぉっ、と呟き、遅れてついてきた。
*
長期保存のきくものは早々に車に仕舞い、その他の食材で高山は手際よくカレーを作り始めた。
外でのご飯炊きは飯盒が定番だが、飯盒は手持ち荷物にもスーパーにも置いていないので、少し機転を利かせて、両手なべの取っ手に針金を通し、近くの畑にあった緑色の棒を物干しざおの要領で組み、そこに鍋をつるした。
即席飯盒セットの完成である。
高山が次々とこなす作業を手伝いながら、
「なんでそんな器用なのよ、反則よ」
とごちると高山はくすっと笑って、
「まあ、小さいころから工作は得意だったし、それに親の代わりに料理することもあるし」
と答えた。
それからしばらくして、二人が空腹に耐えられなくなる寸前にカレーは完成した。
やはり、自分で作ったカレーは旨いものだ。
お袋の味に負けないくらい、だがしかし、
「何で器が茶碗と味噌汁碗なんだ?」
「しょうがないでしょ、荷物は減らしたいんだから。」
問題になっているカレーのよそい方は味噌汁碗にルー、茶碗にご飯だった。
まあいいや、と食べ続ける。
*
LEDランタンや、片方しかつかない車のヘッドライト等光源はあるが、発電所が止まった今、電気は貴重だ。
二人は日が完全に落ちる前にすべてを済まし、暗くなったら寝ることにしていた。なるべく人工光源を使わなくて済むように、だ。
夜八時ごろ、今日は暗くなって少したったこの時間に寝ることにした。
「おやすみ」
「おやすみ」
彼が手を伸ばし、窓際の手すりにぶら下げてあるLEDランタンのスイッチを切る。
パチン、と音とともに、車内が闇に包まれる。
目一杯背もたれを倒しても、やはり座席は座席だ。二人分とちょっとのスペースに横たわっている私はまだしも、彼は寝づらくないのだろうか。
「ねえ」
ちょっと気になって声をかけてみた。
「ん?」
「その座席で寝づらくない?」
「替わってくれる?」
彼が、運転席から顔だけ振り返って、いたずらっぽく言った。
「やだ」
「じゃあ、児玉の隣で寝るわ」
「何する気よ変態。そもそも二人入れないから」
「ははっ、そうだな」
まったく、私ときたら旅の相方になんでこんな返事しかできないのか。
彼はちょっと間をおいて言った。
「気遣ってくれたのは嬉しいけど、俺もうここで慣れたから。まだ三日だけど」
「そっか」
私はくすっと少し笑って、
「おやすみ、ごめんね起こしちゃって」
「気にすんなって、おやすみ」
そう言って、彼は元の姿勢に戻った。
すぐに寝られそうにないな、と思い、睡魔が来るまで、少し思考に耽る。
この道を行く先に、人はいるのだろうか。
本当に二人きりになってしまった可能性はあるのだろうか。
消えた人は―父は、母は、どこに行ったのだろう。
今は彼と二人で旅をしているが、その彼が消えたら私はどうなってしまうのか…。そんなことは決してあってほしくないと思う。
小難しいことを考えてる間に眠くなってきた。
おやすみ。
明日はどこまで行けるだろう。
*
朝、Gショックのアラームで目が覚める。
行動のタイムリミットが日没なので、朝は早く起きることにしている。
朝五時、太陽はすでに顔を見せ、空はうっすら明るくなっていた。
ウェットティッシュで体を軽く拭く。
風呂に気軽く浸かれない今、体を清潔に保つにはこの方法が一番手っとり早かった。
昨夜軽く洗っておいた食器を車に仕舞う。
そして、
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
車に乗り込み、キーをさしてエンジンをかけた。