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五章 「この世界は」 その6

―消えるのが、死ぬのが、怖くないのか?

……そうか、こんな状況であんな言葉を聞いたら、誰だってそう聞きたくなるか。

―消えないといっても、いつかは消えるので…。

と、何故か他人事みたいに考えている自分に気づく。


私は、私自身はどう思ってる?


そもそも、私はここまで生きてこれた事自体が奇跡みたいなもので。

あの日―周りの人が突然消えてしまった日―、家族が心配で無我夢中で学校を飛び出した。通学にはそこそこ長い間列車に乗ってなくちゃいけないから距離はけっこうあるはずだけど、その時はそんなことは気にしていられなかった。

そんな無謀な徒歩帰宅はあっけなく行き詰まり、気づいたら車の後部座席で横になっていた。

そんな私の命は、高山と優ちゃん、二人に見つけてもらえなければあの陽炎に霞む道路で干からびて、とうに無くなっていたはずのものだった。

本来は、もうこの世には存在しないはずのものだった。

だから、だけど。

「……怖いよ」

そんな過去は、今胸の内に巣食う恐怖を消し去るには、まったく意味をなさなくて。

突然涙声になったことに驚いたのは高山だけではなかった。

「……確かに、死ぬのは、消えるのは、怖いよ」

こみ上げてくる嗚咽を抑えながら、必死に言葉を探して、口にする。

まるで、何かを言わねばならない、そんな根拠のない奇妙な義務感のようなものに突き動かされているように。

「私は、一度本当に死にかけてるからかもしれないけど、けっこう自分の命に対して悲観的なんだよ。たまに、なんで私今生きているんだろうって、なんで今生きているのが私なんだろうって、二人に対してすごく申し訳ないことしょっちゅう思ってる」

え…、と高山が驚いたように言った。

こんな黒い胸の内を当事者に向かって吐き出したことに、今更ながら罪悪感に胸が痛む。

「でもさ、なんだかんだ言っても、やっぱり死ぬのって怖いんだよ。嫌なんだよ、私だって。でもさ」

でも、それでも、

「どうせ死ぬんだ、って思って、これからの旅を続けるのって、嫌じゃない?」

「―え?」


「私達は死ぬために、消えるために、旅をしてるんじゃない。生きるために旅をしてるんだよ」


「生きるための旅、そんな旅のゴールが死かもって怯え続けるの?冗談じゃないよ!」

何を偉そうに、あそこまでこっ酷く言っておいて。

心のどこかで、そう言う声が聞こえる。

でも、これが本心だ。

さっきまでの涙が嘘のように、まくしたてるように話している自分に少し驚きつつも、勢いにのったまま続ける。

「それだったら、消えるとか死ぬとか、そんなこと考えないで前向きに旅を続けようよ!ほら、なんだっけ、病は気から?って言うじゃん。病じゃないけどさ、全ては気の持ちようだと思うんだよ。でもー」

「そうだな」

今まで沈黙を貫いていた高山が、唐突に口を開く。

「死ぬかどうかなんて気にしてたって仕方ないよな」

さっきまでの弱々しさはどこへやら……とまではいかないが、高山の声には幾分か力が戻っていた。

「俺、前に考えたことがあるんだ。いったいこの旅はなんのためにしてるんだろうってな。どこに向かって旅をしてるんだろうってな。そして思ったんだ。この旅は、生きる意味を見つけるための旅なんだって」

自分の勢いに任せた言葉よりずっと、重い、想い。

「そうだよな、生きる意味を見つけるためなのに、死んだらどうしようとか考えてる場合じゃないよな。そう簡単に割り切れるものじゃないと分かっていても」

そういえば、と高山が付け足す。

「さっき何か言いかけてたよな、何だ?」

あの、でも、の続きを高山が聞いている。

でも、そんなこと、言えるわけがなくて。

「……ううん、なんでもない」

「そうか……。まあ、とりあえず車に戻ろう。早く暖かい毛布にくるまって寝たい」

大きな欠伸をかます高山と一緒に車内に戻る。

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」

寝ている(寝てない気もするが)児玉を起こさないように小声で言って、目を閉じる。

                  *

高山に言えなかった、でも、の続き。

それは、自分のささやかな願いだった。

もう二度と、自分の前で誰かに死んでほしくない。誰かに消えてほしくない。

親しい人を失う痛みを、味わいたくない。

願いというより、エゴに近いそれは。


「でも、もし消える時は……、三人一緒がいい」


                  *

二人が眠りにつくまで、長くはかからなかった。

途中起きていた児玉も、今はすっかり眠っている。

寝返りを打つ微かな衣擦れの音と、寝息以外の音が聞こえない静かな夜に、さらさら、と砂が風に吹かれる音が混じる。

死の予感すら感じないその無機質なそれは、どこへ行くでもなく、ただ、もうこの世にいない人を弔うように、さらさら、と風に吹かれている。


高山達三人がその一部になる時は、そう遠い先の話ではないのかもしれない。


                   *


いろいろ、創作ノートに書いてないことを付け足したせいで、最後の方が少しちぐはぐになってるかもしれませんが、まあそれも表現の内ということで(言い訳になってない)。

第5章はこれで終わりになります。終わる終わる詐欺ももう終わりです。次回から終章が始まります。

あと少し、どうかお付き合いください。

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