五章 「この世界は」 その5
少し微睡んでいたようだ。
いくら心に不安を抱えていようと、夜は寝てしまうのが人間の生理的欲求ってやつのようだ。
ダッシュボードに置いてある時計に目をやると、、フロントガラス越しに高山の姿が見えた。
寒いのだろうか、背中を丸めて小さくうずくまっている。
秋とはいえ、夜はそれなりに冷え込む。あのままじゃ、風邪をひいても文句は言えない状況だ。
隣の運転席から毛布をとり、自分も冷えないように毛布を体に巻き付けると、私はそっと車のドアを開けた。
外に出たとたん、予想以上の冷気が身を包んだ。思わず毛布を握る手に力が入る。
「カズっち、外に出るのはいいけど、毛布かけないと風邪ひくぞー」
そう声をかけて、高山の背中に毛布をかけようとした。
その時初めて、高山が震えているのに気が付いた。
震えている?
確かに外は寒いが、震えが止まらなくなるとどではない。
じゃあなんで?
とりあえず、高山に毛布をかけてから、聞いてみることにした。
「どうしたの?カズっち」
「……」
暗くて、聞いているのか反応を見ようにも表情がよく見えない。
「はぁ・・・」
なんとなく放っておけなくて、結局、高山の夜更かしに私も参加することにした。
とは言うものの、高山本人としても、したくてしてるわけじゃないのだろう。きっと今日のことで悩んでいるのだろう。
まあ、私も一緒だけどね。
三人とも、か。
なんとなく、高山がどんなふうな考えを持っているのか、気になった。
でも、どう切り出せばいいか、私にはわからなくて。
「どうしたの?」
さっきの問いかけを繰り返すことしかできなかった。
ただ、ちょっと口調が真面目っぽくなっただけ。
でも高山は、沈黙を保ったままで。
―ここまで完璧にスルーされると、流石に堪えるなぁ・・・。
でも、
「・・・なぁ、黒田」
問いかけた意味は、あったのかもしれない。
「俺たちは―」
気づいたら高山の震えは止まっていて。
膝の間にうずめていた顔を上げて言った。
「俺たちは、死ぬのか?」
*
死。
私達の年齢では、事故か病気にでもならない限り関わりの薄い言葉だ。
今を生きていることを、半ば自然な事だと思っている。
でも、今は違う。
「風」のせいで人が消える。砂となる。
今まで私たちは消えずにここまで来れたが、あの男が言うように、これからもそうである確証などないのだ。
もしかして、明日にも、私たちは砂と化すかもしれないのだ。
でも、と思う。
「そうかもしんないね。事実消えた人は戻ってこないし」
「……」
「そして、私達もその瀬戸際にいると」
「……」
「でもさ、いつ死ぬかわからないから、可能性があるからって、毎日それに怯え続けてこれからを過ごすのってなんか嫌じゃない?毎日毎日、自分が、仲間が消えてないか確かめて、消えないように願いながら寝る夜。そんなのやだよ。今まで通り楽しく過ごそうよ。ね?」
そう言い切って、私は口を閉じた。
気づかぬうちに、言葉を紡ぐのに必死になっていたのか、私は、こちらを見ていた高山の視線に気づかなかった。
私が視線に気づいて、こちらを向くのを待っていたかのように、高山は言った・
「なあ」
「ん?」
「お前は、消えるのが、死ぬのが、怖くないのか?」




