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五章 「この世界は」 その4

男の影が豆粒ほどの大きさになっても、私たちは動かなかった。

たぶん、あの男の言ったこと―主に最後の方―が原因だろう。

あまりにも現実離れしたことが多すぎて、脳が理解を拒否している。

でも、完全に拒否するにはその事はあまりにも重大すぎて。

「……ねぇ、高山君?」

「……」

「あの男の話が本当ならさ、私達も―」

「行くぞ」

優ちゃんの言葉を遮るように、高山は冷たく言い放った。

無言のまま、車の方へ歩いていく。

「私達もいつかは消え―」

「黙れっっっ!」

突然の怒気に気圧されて、優ちゃんが口をつぐむ。

「…そんな先のこと考えたって、どうしようもない」

そう言い放つと、そのまま車に乗り込んだ。

私たちはエンジンのかかる音でふと我に返る。

おいてかれまいと、急いで車に乗り込んだ。

いつもより荒く発信した車は、これまたいつも以上にスピードを上げていく。


まるで、何かから逃げるように。


                  *

あの時以来、気まずい雰囲気がゆるむ事はなかった。

ただでさえ普段の会話が多いわけではない私達だ、こんな状態になってしまった以上、予想できた状況なのかもしれない。

結局、ほとんど言葉を交わさないまま就寝となってしまった。

いつもどおり助手席の背もたれを倒し、毛布をかぶって眠りにつく。

そういえば、ひとつ、気になったことがあった。

夕飯の時、ランタンの明かりに照らされて見えた高山の横顔が、何かをこらえているような、はたまた悩んでいるような、そんな風に見えた気がしたのだ。

何を考えているか、大体は想像がつく。

そりゃ、だって、自分達だって考えていることは一緒だろうから。

そして、こういう日の高山は決まって、寝つきが悪い。

                    *

明かりを消してからも、ぐるぐると色々なことを考え続け、ふと児玉の時計に目をやるともう丑三つ時というような時間になってしまった。

仕方ない、少し外で頭を冷やすか。

いつもやっているように、ゆっくりとドアを開けて外に出る。

少し寒いと感じるようになってきた夜風吹かれながら、近くにあった背の低いブロック塀に腰掛けた。

……

あの時からずっと、あの男の一言が耳にこびりついて離れない。

―消えないといっても、いつかは消えるので…

そうだ。

認めなくてはならない。

自分は、自分達だけは消えない。

心のどこかでそう思っていたことを。

人が消えた時は、そんなことを考えている余裕はなかった。

ただ、目の前の日々を生きるのに精一杯だった。

意識して考えたことはなかったが、自分達はほかの人とは違う、そんな謎の優越感が心のどこかにあったのだろう。

だから、今日あの男が言ったことにショックを受けたのだ。

だけど、自分達は他の消えた人たちとなんら変わりはなかた。

あの時、そして今まで消えなかったのは、ただの偶然。

自分達、いや、今この世界で消えずに残っている人達全員は、この世界の現実に直面し、苦しみながらも生きて、そして「風」により―死ぬ。


死ぬ?


いや、消えるの間違いだろう?

でも、消えたら砂になって、つまりそれは人ではない何かになって、それはまるで遺灰のようで……。

それじゃ、つまり


消える=死って事じゃないか?


突然湧き上がってきた得体の知れない恐怖に、体が震えだす。

今までなかったようで、それは全ての人間に等しく存在する。

そんな「死の恐怖」が、広大な闇を伴って覆いかぶさってくる。

震えはさらにひどくなり、涙まで滲んでくる。

嫌だ!死にたくない!

救いようのない恐怖に襲われながらも、心はわずかでも救いを求めようとする。

誰か……!


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