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四章 「東京探検」 その4

翌日目が覚めてすぐに、筋肉痛気味の足を動かし、出発の準備を整える。

一応人並みに体力はあるつもりだったが、女子二人が平気そうにしているところを見ると、まだまだ足りていないようだ。

「今日はどっちに行く?このあたり結構道あるけど」

児玉が毛布をたたみつつ訊いてきた。

「このあたりだと、昨日走ってきた大通りにまた出れば、えっと……上野?だっけか?までは迷わずに行けるんじゃない?」

「その、上野ってとこまでどのくらい?」

「わからん」

そんな会話を交わしながら、車に乗り込んだ。

電波塔横の橋を渡り、見覚えのある大通りに出る。

事件が起きたのは、そのすぐ後の事だった。

まだ走り始めてから一分もたたないころだった。

「なっ!何あれっ!」

窓の外を見ていた黒田が突然素っ頓狂な声を上げた。

驚いて、反射的に急ブレーキを踏む。車は強力なGを三人に与えて止まった。

「どっ、どうした!?」

「ひ……、人……」

「―人ぉ?ならいいじゃないいか。そんな驚くこともないさ」

「ち……違う…、倒れて…た」

「倒れてたんだったら、助けに行かないと!」

児玉が言う。

「そうだな」

俺も言う。

「……」

黒田だけは、なぜか怯えるように震えていた。

「とうした?」

返事までに少し間があったが、

「―ううん、大丈夫」

とは言ったもののまったく大丈夫に見えない黒田と、すでに救急箱と水の入ったペットボトルを持った児玉とともに車を降りる。

黒田が見た方向と示すと、児玉は先に走って行ってしまった。

やれやれ、と思い黒田と歩き始めた時だった。

「きゃぁぁぁっっ!!」

建物の角を曲がった児玉が、突然悲鳴を上げた。

思わず逃げようとして転んだのか、救急箱が地面にたたきつけられ、中身が飛び散る。

「行こう!」

黒田の手を引いて、児玉の所へ走っていく。

建物の角を曲がって見えたものに、高山は驚愕した。

―確かに黒田が見つけたのは人だった。

―だが、その人は……死んでいた。

見た目からして男だろうか。うつぶせに倒れ、頭のあたりから血の池が広がっている。

目の前の光景があまりにも異常すぎて、感情がマヒして驚きを感じない。ただ、網膜に映った事実だけが頭の中を駆け巡っていく。

この男は、何故死んでいる。―ああそうか、自殺だ。

棒立ちになっている高山の横で、驚きのあまり泣いている児玉を黒田がそっとなだめている。

ふと、倒れている男の横に、封筒が落ちているのに気づいた。

「やめなって…、カズっち…」

力なく言う黒田をよそに男に近づき、かろうじて血の池に浸っていなかった封筒を拾い上げると、表に震える字で「遺書」と書いてあった。

「何…?それ」

「この人の遺書だ」

「い…しょ。ってことは…自殺?」

「そうだろうな」

一瞬のためらいはあったが、封を切って中の便箋を取り出し、読み始めた。


                    *

 「遺書

 こんなになった世の中、人がほとんどいなくなったこの世界で、遺書なんか書いても意味はないかもしれない。

だって、誰も見てくれないだろうから。

だって、俺の死になど、誰も気づいてくれないだろうから。

でも、今の心の内を、出来事を遺しておきたいから、やっぱり書くことにする。


俺は、出張先でこの状況に出くわした。

最初はわけがわからなかった。

朝起きて、テレビをつけても映らない、フロントに内線をかけても誰も出ない。仕方なくロビーに降りてみるとホテルの従業員は誰もいない。食堂をのぞいてみても、とっくに開いている時間のはずなのに人の気配がしなかった。

一体何が起きたのかと一旦ホテルの外に出てみて愕然とした。

誰も、いなかった。

見知らぬ土地とはいえ、決して人通りが多い所でないというのは分かっていたが、こんなことにはならないはずだ。

ホテルを見失わない範囲で周囲を見まわってみたが、やはり人の気配はなかった。

まさか、まさか人がこんな風に、まるで神隠しのように消えるなんて……。

その時、ふと息子や妻の顔が思い浮かんだ。家族は、二人は消えていないだろうか。

その後の自分のとった行動には、迷いやためらい一切なかった。

ホテルに急いで戻り、少し散らかっていた荷物を大急ぎでまとめると、自宅と仕事場のある東京の方へ向って歩き出した。

心の中で、家族の無事をひたすらに祈りながら。

途中で体調を崩したり、道を大幅に間違えたり、ちょっとしゃれにならないほど時間がかかってしまったが。

途中、神奈川の辺りだっただろうか?人が集まって生活している小さな集落のようなものがあった。

二人がそこへ来ていないか、または見かけなかったか、と尋ねたが、答えは否だった。

やがて、東京の仕事場に着いた。中に入ってみても、誰もいなかった。

同僚はみな消えたか、と絶望した。

自宅までそう遠くはない。その日のうちに自宅にたどり着くことができた。

小型キャリーバックの重さをものともせずに階段を駆け上がる。

二人がいる、もしいなくても、どこかに避難しているかもしれないという証があることを祈って、ゆっくりとカギを開けた。


中に人は誰もいなかった。非常持ち出し袋や保存食の部類が持ち出された形跡もない。


避難などしていない。この部屋は、あの日に住む人を失い、時が止まっていた。


俺は、その場に泣き崩れた。


大切な家族が消えてしまった。

守るべきものが、守ることこそが生きがいだった家族が、消えてしまった。

生きがいを失い、身も心もボロボロになった俺に、もはや生きる余力など、気力など、残っていなかった。

神様、死を選んだ俺を許してくれ。

これ以上生きることを諦めた俺を、許してくれ。


                 さようなら 十月**日 木村毅   」


この部で、現在のストックを使いきってしまったので、次の投稿は少しあとになりそうです。気長にお待ちください。

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