四章 「東京探検」 その3
じゃまな車を避けて、あっちの道こっちの道とちょくちょく進路変更をしているせいで、ここさっき通った道じゃん?なんてことも茶飯事であった。
だが、後ろと横にいる女子二人は時々茶々をいれつつも、窓から見える風景に見入っていた。中でも二人の視線を集めたのは白い電波塔だった。日本一の高さを誇る電波塔。白のスッとしたフォルム。テレビでは見たことがあったが、こうして実物を間近で見るのはもちろん初めてだった。
「ねぇっ、あのタワーの足元まで行ける?」
児玉が窓から顔を出したまま聞いてくる。
「どうだろうな、これだけ大きく見えるんだからそんな遠くはないはずだけど…」
「じゃあ行ってみようよ!出来れば登ってみよう!!」
黒田が嬉々とした声でとんでもない提案をしてくる。
ムチャ言うな黒田。こういうのは普通エレベーターを使うもんだろ。
「……まあ足元まで行くのはいいか」
幸いなことに、目的地を見失うことは確実になさそうだ。
相変わらずの近づいては離れることを繰り返し、タワーの足元につけたのは三時間くらいが経過したころだった。
*
「ねぇ~、まだ着かない~?」
「まだ半分もいってなさそうだな」
見上げると、銀色に鈍く光る階段が延々と続いていた。
「うそ~っ、も~疲れたよぉ~。足くたくた」
「登りたいっつったのはお前だろうが」
「そーだけどっ!」
高山の正論に黒田がむくれる。
現在位置はあの電波塔の中。正確には外にある非常階段を上っている。
こういったタワーには必ず非常階段があり、タワーによっては期間限定で公開しているところもあるとか。
だが、本来は階段で登るものではない。でも、エレベーターがただの箱と化した今は階段で登らざるを得ない。例え、タワーが日本一の高さだったとしても……。
黒田の登ってみたい!の一言で、約六百メートルあるタワーの四百メートル付近にある第一展望台まで、こうして階段を上っているのである。まあ、なんだかんだで賛成した自分も自分だが。
「でも、いい景色だね。ここまで高い場所に来ると」
「俺の方としては日が沈むまでに地上に帰れるかが心配だな」
その可能性を考慮して、一応LEDライトは持ってきたが、あまり使いたくない。ていうか、どうか使わずに済みますように。
「も~ダメっ!ちょっと休憩!」
階段の途中で長めの休憩をとり、展望台を目指し、ひたすらに登り続ける。
最終的に着いたのは、太陽が南中してからずいぶん経ったころだった。
「ふー、着いた~。足が死ぬかと思ったぁ」
「流石、450mからの眺めは違うな」
「それにしても、非常口の扉が開いててよかったね。誰かいたのかな?」
展望台はきれな円形をしていて、晴れている今日は東京湾まで見渡すことができた。
近くにあったカフェのようなスペースの椅子に腰をおろし、疲れた足を休ませつつ、地元では決して見ることのできない景色を堪能していた。
「そういえば、ここまでどのくらいかかった?」
児玉が心配そうに訊いてきた。
「んー、大体……二時間くらい、かな」
時計と記憶を頼りに大体の時間を推測する。
「じゃあ、ちょっとゆっくりできるね」
「そうだな、せっかく頑張ってここまで登ってきたんだし。原因が何であれ」
「……」
その原因は隣の椅子ですやすやと寝息をたてていた。
「…っておい。一番乗り気だったのにさっさと寝るバカがあるか」
相変わらず寝るのが早いやつだ。
「咲ちゃんには、私がついてるから、高山君は少し散歩してきたら?」
「児玉はいいのか?」
「私はいいよ、疲れっちゃったから」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
よいしょ、と立ち上がり、先ほど見つけたパンフレットを片手に高山は歩き出した。
パンフレットによると、この展望台は地上から世界最速級のエレベーターでアクセスし、構造は三階建て。中には先ほどのカフェ、レストラン、売店などがある。真下を見下ろせる透明床なるものもあるようで、ここからさほど遠くない。ちょっと行ってみることにした。
「……いや、流石にこれは怖いって」
高所恐怖症ではないが、それでも足が少し震えるくらいの恐怖は感じた。
さっさとその場を離れ、さきほどパンフレットにあった売店へと足を向ける。
案の定、あった。
小さなソーラーパネルがついているLEDライト。これだったら電池切れの心配もない。
失礼、と一声かけてから、そのLEDライトを三つほど失敬した。
店を出ようとしたとことで、壁際のアクセサリーのディスプレイに目がいく。
そこには、この電波塔をモチーフにしたネックレスだった。
女子二人にあげようか、と色違いを一つずつ失敬して、売店を後にした。
*
カン、カン、カン、つい何時間前かと同じ音をたて、俺たちは階段を下っていた。
「あともう少しだぞ、ほらガンバ」
「うへ~い」
あたりも暗くなり始め、頼りなくなってきた足元を先ほどのLEDライトで照らしながら、一段一段下っていく。
一瞬、向きを変えたLEDライトの光を反射し、きらっと見えるものがあった。
それは、先ほど売店に置いてあったネックレスだった。
児玉には青、黒田には赤。半分ねぼけていた黒田の反応は薄かったが、児玉は喜んでくれたようだ。
「どうしたの急に?」
と聞かれたが、なんとなくなので答えようもなく、
「気分だ」
とだけ答えておいた。
やがて、階段は建物の中に入り、ほどなくして地上へ帰還となった。
きゅー
「ごめん、お腹すいちゃって」
児玉が恥ずかしそうに言った。
「疲れてるけど、面倒くさがらないでちゃんと作るか」
作業スペースを確保するため、階段を下りている途中に見えたショッピングモールの入り口前広場に車を移動させる。手早く食材を確認し、調理を始めた。
少し多めに作ったつもりだったが、ほとんどが黒田の胃に収まり、見事完食となった。
片付けも終わり、そろそろ寝るかという時、
どこかから、ドサッ、という音が聞こえた。
自分たち以外が立てる音は滅多に聞こえないので、ちょっとビビったが、
「何だろう?今の」
「さ、さあ?」
「ま、いいか」
黒田も気付いたようだが、特に気にすることなく二言三言交わした後そのまま眠りについた。
―この音の正体を知ったのは翌日、移動を始めてすぐの事だった。
可能性はゼロとは言いきれなかった。
だが、本当にそれを選んでしまった人がいるとは思いもしなかった。
こんな世界、何があってもおかしくない。