四章 「東京探検」 その1
「この橋を渡れば東京か……」
俺たちの目の前には、トラス構造の水色の橋が、対岸へと続いていた。
「とうとうだね」
「そうだね」
しかし、あともう少しだ、と手放しで喜べる状況ではなかった。
「でも……この橋渡れるか?」
ここまでの三日間、幾度となくぶつかってきたこの課題。
いや、厳密には旅を始めた直後からあったこの課題。
車だった。
人が消えても、車までは消えるはずもなく、運転手を失った動かぬ鉄の塊と化した車がそこらじゅうに転がっている、というのは前から分かっていたことだし、吉川もそう言っていた。
だが、車線変更で避けることができていたそれは、都心に近づくにつれ数が多くなり、横道にそれなければ避けられないほどになる。そして、県境の川を渡るためのこの橋には、まるでバリケードのように車が並んでいた。
渋滞でもしていたんだろうか?
「さて、今考えられる方法は二つだ」
「なにー?」
「この橋を避けて迂回するか、頑張って邪魔な車をどかしつつ進むか、だ」
はぁ、と三人そろってため息をつく。
「それにしても、ここから見える範囲で車が渡れそうな橋ってありそう?」
児玉が、若干不安げに聞いてきた。
「まあ、橋はいっぱいあるだろうが……。まあ、こういうときには―」
トランクを開け、詰め込まれているボストンバックの一つに手を伸ばす。
「ん?双眼鏡持ってたの?」
「ああ、家に眠ってたやつをな。いつか使うと思って、バックに忍ばせておいたんだ」
レンズにこびりついた指紋や埃を服の裾で拭き、接眼レンズからのぞきこみ、ピントを合わせる。
像がはっきりと見えるようになったところで、左右を軽く見まわし、橋らしき建造物を探す。
見つけたのは、今の橋の北側に鉄道用の橋が二つと、南側に目の前にある鉄道用の橋とさらに遠くに……あった。
形からして車の渡れそうな橋だが、ここからはかなり遠そうだった。
「で、カズっち、なんか見えた?」
「南のほうに渡れそうな橋が一つ。でも距離は遠めかな」
「んーそっかー、この橋より大きければ渡りやすそうなんだけど、今と同じ状況じゃ目も当てられないねぇ」
「どうする?高山君」
これ以外にも他にも橋があれば、と思ったが、生憎ここから見える範囲に車で渡れそうな他の橋がない。だからといって、鉄道用の鉄橋を渡るわけにもいかない。
南のほうの橋に頑張って行ったとしても、ここと同じ状況じゃ目も当てられない。そこに到達するまででも散々苦労しそうだが、
「……頑張ってこの橋を渡るかぁ」
という結論に落ち着いた。
「そーなりますかぁ~」
「車どかすの大変そう……」
「ま、頑張るっきゃないな」
はなから挫けそうな根気を奮い立たせて、俺たちは車をどかす作業にとりかかった。
始めてすぐに、これはどんなピースの多いパズルより大変だと思い知った。もちろん肉体的な疲労は言うまでもないが、それをいかに最小限に抑えられるかを考えるのもまた大変だった。
「日が沈むまでに渡れるかな……」
現状を考えると、それは無理そうであったが。
もみじが色づきはじめ、同時に秋の色が深まってきた、十月のある日の出来事だった。