その4
旅を始めたばかりのころにしょっちゅう見かけたあのスーパーは、一週間前くらいからすっかりその姿を見かけなくなっていた。地方中心の店舗展開なのかもしれない。
その代わりといってはなんだが、最近よく野営地に使っている場所がある。
「よし、見っけた」
後ろを追いかけてきた吉川に声をかけ、車を止める。
止めたところはコンビニ、もといスーパーだった。
しかし、店構えはコンビニそのもの。だが、駐車場はない。某大手デパートの会社が経営している小規模スーパーだ。
よく店舗が見つかる上に、品ぞろえも安定している(気にしても仕方ないが)。特に消耗品のウェットティッシュやチャッカマンなどが必ず置いてあるのでとても重宝している。
だが、このスーパーを資材や食材の調達によく利用するのには、もうひとつ理由がある。
電気が止まって一カ月以上も経つと、冷蔵保存が必要な肉や魚が段々と腐り始めてくる。
その臭いがまた凄まじく、いくら対策を講じ覚悟を決めても、腐っているそれが視界に入るだけで吐き気がこみ上げてくる。
だからこそ、スーパーほどの品物が置いてあって、かつ生ものがあまり置いてないこういった店は助かるのだ。
「今日の夕食、どうしよっか?」
「この前見つけたコンビーフ缶でも開けるか?畑からとってきた野菜と一緒にいためるとおいしそうじゃん」
「じゃ、そーしようか」
児玉を中心に夕食のメニューを決め、それから女子二人が料理する、といった手順が日常になっている。最初の頃こそ、私料理できない、なんて言っていたが、今となってはそこそこ慣れたようで、高山の出番も少なくなっていた。
いったん車に戻ると、高山は簡単な寝床の準備を始める。
トランクに丸めて詰め込んである薄手の毛布を三枚出し、それぞれの座席に敷いておき、前二つの座席には航空機用の空気まくらをセットし、後部座席には児玉の要望で途中の大手雑貨チェーンの店で調達した小さめの抱き枕を置いておく。
近くにバイクを止めた吉川はというと、毎日きっちり荷造りているようで、時間をかけて寝袋を荷物から取り出し、それを敷くと、枕元に非常用のLEDランタンを置いて用意は終了のようだった。
「おっ、うまそうな匂いだな。肉なんて食うのは久しぶりだからな。バイクだから調理器具もあまり持ち運べないし。…って、今更聞くけど俺の分あるよな?」
「さあ、どうでしょう」
「えっ!ヒドい!」
「冗談だって」
黒田と吉川が楽しそうに話している。
カセットコンロで火にかけられているミルクパンを覗くと、なるほど、いつもより幾分か量が多かった。
まだ夕食まで少し時間がありそうだった。一旦車に戻り、自席の背もたれを目一杯倒すと、そのまま一休み。
いつもは会話がほとんど無いが、今日は吉川がいるので少し賑やかで、調理場となっているコンクリート造りの小屋のあたりは楽しそうな話し声が絶えることはなかった。
やがて瞼が重くなってきたころ、できたよー、と児玉の声が聞こえてきたので、半分寝かけている意識を起こし、外へ出た。
ふと空を見上げると、そこには今日も綺麗な星空があった。
*
ちょうど昼食で米を切らしてしまったことを失念していた。そのせいもあって、今日の夕食はおかず一品。コンビーフ・玉ねぎ・枝豆を炒めたものだった。
米は今夜中にあのスーパーで補充しておかないと、ごはんが無いのは思ったより違和感があった。日本人だからだろうか。
炒め物を口に運びつつ、そんなことを考える。
「いやー、久しぶりの肉はやっぱ旨いな!そして酒が飲みたい!この味はつまみにぴったりだ。誰か、ビールちょうだい。…でも冷えてないか、んじゃいいや」
「日本酒だったらあるんじゃない?」
咲ちゃん、余計なこと言わないのっ。
「いや、俺日本酒駄目なんだわ。体は大人でも味覚はまだ子供だよぉ」
「ビールねだってる人が何を言うか…。我慢しなさい」
「おっす。冷えたビールが見つかるまで我慢します!」
よかった。私は酔っ払いの対応はどうも苦手なので助かった。
「咲ちゃん、吉川さんと普通に話してるけど、吉川さんのテンションがもう酔っ払いだよね。」
「そうだな」
「あ、後でスーパーで食材探ししないと。お米がないし水もあまりないから」
「大物ばっかりみだいだし、俺も行こうか?」
「大丈夫。そんな心配してくれなくても、慣れてるから」
彼にそう言ってから、夕食を手早く食べ終えると、明りを囲む輪から少し離れる。
車のトランクを開け、改めて不足している物を確認してから、懐中電灯を片手にスーパーに入って行った。
ここのところ忙しかったので、更新が滞ってしまいました。
また一か月くらいあくかもしれませんが、ご了承ください。