雪は来ん来ん
ここは妖怪達が仲良く暮らす世界。ある南の島に、雪遊びに憧れているオオカミ少年がいます。彼の住んでいる場所は雪が降りません。テレビで見る白いものに興味深々なのです。
ある日、母親である雪女にそのことを打ち明けました。
「雪が降らなくてつまんないなあ。母さんの力で雪を降らすことはできない?」
すると雪女の表情がいつか見た曇天の空のごとく曇りました。
「あのねえ、雪が降ると大変なんだけど? 車も列車も動かなくなるし、次の日は溶けた氷ですべって危ないし、時間とともに枯葉や土で白い世界は汚くなるし、そもそも降った後の雪かき作業が面倒だっつーの」
と次から次へと大人げなく息子に現実を突きつけます。
「あたしの力が暴走するからわざわざこの温暖地に引っ越したのに。全く子どもはいいよねえ。大人の苦労を知らないもんだから」
いつのまにか雪女が愚痴をこぼす側になっていました。なんて夢やロマンの欠片もないのでしょう。どうやら雪女の力ではこの暑い島に雪を降らすことはできないらしく、オオカミ少年はため息をつきました。
「ただいま」
少年がリビングから出るタイミングで父親であるオオカミ男が玄関に上がりました。オオカミ男は妻の雪女とは違ってロマンチストであることをオオカミ少年は知っています。何しろ武勇伝を嫌というほど聞かされたくらいだから。結婚前は色々な所を旅してきたわけだから当然、雪の話も詳しいに違いありません。
「ねえ、ここには雪降らないのかなあ?」
「この島に住む神様がとても慈愛に満ち溢れていて、その温かさは雪をも溶かしてしまうほどなんだよ。降る前に溶けた雪が雨になってだな」
「いやいつものロマンとかいらないから」
このままだと長話に付き合わされると思ったオオカミ少年は、今日は友達と外で夕飯食べに行くとテキトーなことを言い残し玄関に向かいました。
「夜遅くなる前には帰ってくるのよお?」
雪女はいつも通りテンプレートな言葉を送りますが、
「そうそう、その時の赤ずきんの子がさ」
一方でオオカミ男はまだ何かを語り出しているようでした。独身時代にガールハントしてた時の話でしょうか。
玄関のドアを開ける瞬間、後ろから冷気がしたと思えばオオカミ男の悲鳴が聴こえました。
「またか」
武勇伝とやらを語り出して調子に乗って妻から反感買い、そして懲らしめられる旦那。その光景にもうオオカミ少年は慣れてしまっています。
見切り発車で外を出たものの、行く当てがなくオオカミ少年は海の向こう側を眺めました。ずっと遠い場所では今頃雪合戦でもしたり雪ダルマや鎌倉でも作ったりして楽しんでいるんだろうなと、自分のしたことのない遊びができる環境が羨ましいのです。オオカミ少年は近くの民家の上に座るシーサーを見上げました。もし雪が屋根に積もったらスキーでもするのかなと。
そろそろお腹が減ったのでどこかレストランに寄ろうと思ったけれど、今になって財布を忘れてきたことに気づきました。お金が無ければ何もできません。お金の力の偉大さが改めて身にしみます。今から家に戻って夕飯作りを頼むのも気が引けます。そうだ今夜は断食だ、とやけくそになって決意した時でした。
「あ、オオカミ少年くん」
後ろから声をかけられたので振り返ると幼馴染のキツネ娘がいました。
「キツネ娘ちゃん、塾帰り?」
彼女はコックリと頷きました。
「オオカミ少年くんこそどうしたの」
彼はここまでの経緯を話しました。当然笑われました。話した本人も苦笑いです。それからテレビで見た雪のことを話しているうちにキツネ娘はハッとしました。
「もうこんな時間。せっかくだからオオカミ少年くん、ウチに寄って行かない?」
「さすがに申し訳ないよ」
「もう、ここは相手の誘いに素直に乗るべきだよ。はい、強制連行」
そんなわけでオオカミ少年は幼馴染の家に連れていかれることになりました。
着いた先は、『雪屋コンコン』という看板の置かれた焼肉屋。キツネ娘の親が経営している店で、オオカミ少年が小さい頃よくごちそうしてもらっていたところです。まさか久しぶりに幼馴染の家に立ち寄ることになるとは。入口の前にある札からして今日は定休日のようです。はしゃぐキツネ娘に手を引かれオオカミ少年は店内をキョロキョロと見回します。
カウンターの向こうから出てきたのは店主の妻であり、幼馴染の母親であるキツネ女です。
「キツネ女さん、こんばんは」
「お、オオカミ少年くん、久しぶりやねえ。オオカミ男さんと雪女さんはどないしとる?」
「あいかわらずッス。自慢話をエスカレートさせた親父に対して母さんが冷凍攻撃するのが当たり前の光景に……」
「ははは、ラブラブだねぇ」
オオカミ少年とキツネ娘を空いた席に座らせテーブルに火を通すキツネ女。
「お母さん、明日追加予定のメニューをお願い」
「はいよ、ついでにオオカミ少年くんには味見係になってもらうか」
お腹が減っていたことだし、強引だけど連れて来てもらえたので少年はありがたく頂くことにしました。
新しく仕入れた肉を焼きながら三人は、雪について話しています。
「なるほど、オオカミ少年くんは銀世界になったら色々と遊べて面白そうだと」
「でも雪が積もると……」
オオカミ少年は先ほど母親に言われたことを話しました。
「確かに、交通機関に問題起きてゴミ収集車は来られへんから私らの店は困るわな。仕入れトラックがストップされれば最寄りのコンビニやスーパーの弁当とかも食べられへんし」
やはり雪が降ることはいいことばかりではないようです。
「ま、それもそうやけど。雪女さんがなんで嫌そうにするかっちゅうと……多分やけど昔、手違いか何かで降らせた大雪で地元民に迷惑かけてしもうたことを今でも引きずっとるんかな……」
「え?」
「うーん、こんなこと話してええんやろか。私がまだ大学生の時、雪女さんと同じアパートに住んどったんや。で、ある時そこの地域が干ばつに見舞われてな。それを見兼ねた雪女さんが魔力を解放した瞬間暴走してしもうて、その結果が……言うまでもないか」
「なんか、すいません」
「謝ることないって。雪女さんは思いやりがある、ただ魔力が暴れんぼうだっただけで。町長さんと大家さん達にはみっちり怒られてもうたな」
「なんか、夢もロマンも無い母親だなんて思った自分が恥ずかしいっす……」
「いや夢もロマンもあった方がええよ。私は大雪で今の旦那とも会えたし。……まあ大吹雪の中、旦那は外に出られない両親のために実家に毎晩食料を届けに行って、ある日泥棒と間違えられて狙撃され倒れた場面が初めての出会いやがな」
「どこのゴンさんですか」
二人が話している間、キツネ娘はおいしそうに焼肉を頬張っているのでした。