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6「小悪魔ドッペル☆ザクロちゃん」



「む?」


 ブルームフィールド邸、とある昼過ぎ。

 今日は仕事がないのか朝も昼も食事に出てこなかったガーネットの様子を見に行こうとしていれば……。


「……」


 玄関前の大広間に、知らないメイドがいる。

 いや、実際は知っているが。だがうちで働くのは金髪ショートカットのツンツンメイドであり、桃色ピンク髪のメイドではなかったはずだが……?

 粘着コロコロ片手に掃除……をしている風に見えて、その実同じ所しかコロコロしていないため掃除のフリをする美少女メイド。

 常であれば機関銃のように放たれる言葉も今は鳴りを潜め、無言のまま手を動かし続けるガーネットの姿をしたメイドとくれば……その正体にも見当がつく。

 なぜとは思いつつ、俺は近付き声をかけた。


「二号か。"たわまん"で留守番をしているのでは」

「──」


 ガーネットが俺との使い魔契約を果たした際、手に入れた魔装具……要らぬことを喋らぬよう言葉を取り上げられ、従僕の証たる白黒ミニスカメイド服を着させられたドッペルゲンガー。通称は『二号』。こうして顕現している時以外は、水晶体内で眠らされている少々哀れな存在だ。

 一号こと本物は恐らくいまだ二階の私室で惰眠を貪っているであろうが、それにしても二号がなぜここに。ちなみに先の所業により、一号と二号は仲が悪い。呑気に寝ている一号でも襲撃に来たか?


「っ、んっ……こほん、こほん」

「なに?」


 訝しげに見ていれば、なんと二号が咳払いなどするではないか。明らかに発声している。まさか本物か? しかし本物が大人しくメイド服を着るとも思えんが……。

 ますます怪しむ俺を前にして、推定二号は喉の調子を確かめるべく「ん、んっ」とちょっと可愛い声を上げ……こちらにニコリと微笑みかけた。


「ふうっ。やぁ~っと口封じの魔術を破れたぜ。おっす! マイダーリン♡」

「やはり二号か」

「あ? どこで確信してんの」

「本物はそれほど朗らかな笑みを俺にそうそう向けん」

「ドゥフw つまりあたし達ってば、通じ合ってるってわけね♪」


 胸の前で"はぁとまぁく"を指で作る二号に苦笑する。この二号は確かにガーネットの経験や思想を完全に写し取っているが、『己は影分身である』という自覚を持っている。その一点が差異を生み、二号は俺に対し本物より積極的なのだ。主に一号への嫌がらせのためにな。どれだけ嫌われているのだ。同じ人間が増えたところで、睦まじく協力などできんのかもしれんな……。

 恐らく俺が通りかかるのを待っていたのであろう二号は掃除用具をポイっと投げ捨て、ニヒっと笑いつつ踊るようにこちらへ一歩身を寄せる。


「で、どう最近?」

「どうと言われてもな。水晶体から顕現する際、記憶や経験もその都度更新されるのだろうが。昨日から顕現しているのならば、今にかけて何も起きておらん。本物はいまだ夢の中だからな」

「ぶー」

「なぜ唇を尖らせる」


 本物と瓜二つゆえ、とにかくツラの良い二号。

 そんなメイドが非難がましく、こちらの胸板を人差し指で突くではないか。


「戦鬼くんさぁ……分かってねぇよ。異世界で一号ちゃんと晴れて恋仲になったじゃん?」

「そうだな。喜ばしいことだ」

「つまりその経験を引き継ぐあたしちゃんこと、ドッペルゲンガーちゃんとも恋仲になったってことっしょ?」


 む……?


「……そうなるのか?」

「なるでしょ。ひゅう~、ダーリンってば色男♪ 日本一可愛いアイドルで両手に花できるなんてな!」

「おお」

「これは『おお』だろ。そんでよ? そんな恋人ドッペルちゃんがよ? なんで急に発声できるようになったと思う? そして発声できると分かった途端、ここに来たと思うのよ? はい酒上くん!」

「……自惚れていなければ。恋人たる俺と直接言葉を交わしたい一心だったから、か?」

「……せ・い・か・い♡」


 褒美と言わんばかりに、ゾクリとするような囁き声と共に頬へ口付けを送られた。なるほど理解した。


「これは俺が不調法者だった」

「一号ばっかリゼットちゃん家で遊んでんのもズルいよなぁ!? 本物が得た記憶も経験も後々インストールされるとはいえさぁ! こう、なんつーかあれだよ。人の温かみっていうのがさぁ……ないよね」

「そも、ドッペルゲンガーは記憶が連続しているのか?」

「いんや、水晶体に戻るたびリセットされる。ドッペルの記憶が連続してたらそのまま別人格になっちゃうし。まぁあたしは秘密の日記に色々書き残してるから、ある程度記憶は継承してるけど。沈黙の魔術破りの魔術もそうして研究してたんだしネ☆ ざまぁみさらせ一号ちゃんよォ!」


 持ち主の知らぬところで既に自我を育みつつある道具をこのままにしていいのかガーネット。

 パチリとこちらにウインクなど投げる二号は、辟易するかのように唾を吐き捨てる。


「ぺっ。それでいてあたしの経験は本物にすら引き継がれないってんだからさぁ……これもうドッペル差別じゃんね。おかしいと思いませんかあなた!!」

「俺の分身は経験を共有できるが、魔装具がそういった仕様ならば仕方あるまいよ」

「そこで、はいまたクイズです。そんな可哀想なドッペルちゃんが、好きピに求めるモノとはなんでしょうか?」


 ビシッと人差し指をこちらに向ける二号。

 ドッペルゲンガーが求めるモノ、か。つまりそれは偽物が求めるモノ。そんなモノはあまねく世にとって相場が決まっている。

 俺は確信しつつ、少し上目遣い気味な二号へ不敵に笑った。


「"本物"、か」

「もっとタイトル回収する感じで言って」

「いわば──"ごーるでん・ほんもの"か」

「頭から脳漿垂らしてそうな感じでいいぜダーリン」

「和泉守兼定ではなく童子切安綱が出ていれば百点だった」

「独特すぎる採点基準やめーや。んなこと言ったら姉畑先生を実写でカットした方が大問題だるぉん!!??」


 益体もないことを言い合う間にも、して"本物"とはなんぞやと考える。こういった場合は無論、本物が経験しておらんものであろうが……しかし……。

 うーむと唸っていれば、二号は本物同様ピンクの瞳をじとっと細める。


「なんか文句あんの」

「いやな、知っての通りガーネットから言われておる。『あたしより二号と仲良くしたら殺す』とな」

「はぁ~~~~~~……」


 なぜ心底呆れたため息など吐かれねばならんのか……。


「ツンツンメイドちゃんにすら手を出してるナナマタノオロチンコが、今更なに気取っちゃってんのよ」

「自ら最低を更新し続けることは感心しないな」

「酒上家家訓!!」

「ッ!?」

「『ダメなことほど、気持ちがいい』。アンダースタン?」

「なん、と……」


 二号が唱える家訓に、俺は愕然とする。

 俺は……在り方を見失っていた。背徳を探究し続けることこそ、酒上家の長男としての矜持ではなかったのか!?


「──」

「っ、お? やる気になったかにゃ~?」


 こちらの雰囲気がガラリと変わったのを見て、二号が唾を呑む。どうした。誘ったのはそっちだろうに、頬が赤いぞ。

 そうとも。我こそは無双の戦鬼。血の繋がりし姉妹すら貪った悪鬼の中の悪鬼である。

 そんな悪鬼が。愛する女と瓜二つの存在を愛さずしてなんとする!? それも禁じられた上でだ! 悪鬼にとって、禁とは破るためにある──!


「二号……いや、ガーネット」

「ふえっ……あ、あにょ、ちょっと待って……」


 ジリ、と一歩踏み出すが、二号はなぜか一歩下がる。

 落ち着きなさそうに視線をさ迷わせ、キョドキョドしながら呟いた。


「ま、まぁ待ちたまえよ。こういうのはまず段階を踏んでだね……」

「ほう。というと?」

「だから、そにょ……」


 モニョモニョ言う姿はやはりガーネットだ。恋愛面において、一号も二号も大変乙女である。

 ここで無理に迫ると逃げてしまいそうだ。となると誘い込む手が有効だろう。


「いいだろう」

「え?」


 言って俺は、彼女に向け両手を広げた。


「そら、飛び込んでこい」

「っ、お、おう……」


 抱擁の意を示せば、二号は少し迷いながらも小さく頷く。このくらいならばな。


「よ、よし、いくぜ……?」

「うむ」


 そうして彼女は恐る恐るといったようにジリジリと距離を詰め……ぎゅう。


「……」

「……」


 お気に入りのぬいぐるみに抱き付く童女のように。

 彼女は控えめに、こちらの背に腕を回した。すかさず俺も、努めて優しくその華奢な身体を腕で抱いた。

 温かい。そして柔らかい。ほぼ同一の存在ゆえ、その頭頂部から香るお菓子のように甘い香りも戦鬼の鼻を刺激する。

 だが彼女は、本物のガーネットではない。ほぼ同一であるが、明確に異なる存在である。


「……にへ♡」


 そんな女が。愛する女と瓜二つの別の女が。

 こちらの胸に顔を押し当て、幸せそうに声を漏らしている。抱き付く力を少し強めて。そして俺もまた、そんな女の熱を強く求めるように腕に力を入れる。


「おぉ……」

「……これは確かに『おぉ』かも……」


 なんだこの感覚は。

 この腹の奥から涌き出る高揚感と、それに比例するかのように膨れ上がる後ろめたさは!


「あれだね。エロ本みたく双子の姉妹の一方と付き合ってんのに、そのもう一方と隠れてイケナイことしてる感じじゃんね」


 言語化たすかる──!!


「つまり、これが……!」

「そ……"う・わ・き"♡ なぁなぁで許されてるハーレムとは明確に違う、絶対に許されない関係ってわけ♡ あと今後あたしのことは"ザクロちゃん"と呼ぶように。こうした時点で、もうあたしはダーリンにとって、一号とは別の特別な存在なんだから……♡」

「ザク、ロ……!」

「んっ♡ そうだよ……ダーリン……♡」


 ガーネットと瓜二つの少女……ザクロ。

 つい腕に力が入れば、ザクロは甘い吐息を漏らしながら更に身を寄せる。火照った身体が熱い。


「……やば」

「なにがだ……」

「すっげぇ、ドキドキする……」

「俺もだ……」


 決して許されぬというのに。

 いや、許されぬからこそ燃え上がる。これまであらゆる禁忌に手を染めたと思っていたが……これが、浮気……! 興奮と罪悪感で押し潰されそうだ……!


「ダーリン……♡」

「っ」


 俺しか見えていない女の瞳がひどく潤む。艶めく唇が俺を呼ぶ。

 ザクロが瞳を閉じ、踵を上げた。端正な顔が近付いてくる。背徳に熱せられた唇が男を求める……! この唇に俺のものを重ねれば、無双の戦鬼という機巧が何か確実に致命的な欠陥を負うという予感がある──!!


「今はあたしだけを、見て……♡」

「ッッッ」


 おれ、は……おれはァ……!!


「──ダーリン、嘘じゃんね……」

「先輩……」

「はっ──!?」


 グググと身を引いて葛藤していれば、大階段の影からこちらを覗く二つの視線が……! しまった! 初めての浮気の熱に脳を焼かれていたばかりに……!

 俺がぎこちない動きで首だけを動かせば、そこにはコソコソと顔だけを覗かせるピンク色のアイドルと、金色のメイドの姿が──!

 いつから見ていたのか。ガーネットとエリィは熱烈に抱き合う俺とザクロの姿を見開いた目で見たまま、その身をワナワナと震わせ……!


「うわーん! サヤちゃんに『おたくの弟さん、ガーネットちゃんそっくりのラブドールに浮気してるよ』って言ってやるーーー!!」

「せ、先輩は私より、スタイルの良いメイドの方がいいんだーーー!! 鞘花様にいいつけてやるーーー!!」

「まっ、待ってくれい!!」


 脱兎の如く走り出す二人に思わず手が伸びるが、虚しく空を切る。誤解なのだ──!!


「お、俺はナマのアイドルも、童女のようなメイドもどちらも好きだーーーー!!」

「うおっ。ゴミカスぅ~~~!!」


 森深くの洋館に、馬鹿な男の慟哭が響き渡る……。

 あの様子では最早、俺への折檻は免れまい。俺がガクリと項垂れていれば、ザクロが楽しげにコソッと耳打ちした。


「言っとくけど。一号にはあたしが喋れるようになったことも、二人きりの時『ザクロ』って呼ぶことも言うの禁止ね♡ 二人だけの秘密なんて、そんなの一番燃え上がっちゃうんだから。んでさっき言った通り、水晶体に戻ったら今のあたしの記憶はリセットされるけど……一号がもう『ダーリンに愛されてるドッペルゲンガー』を見ちゃったから、あたしはこれから顕現するたび『自認ダーリンに愛されドッペルゲンガー』になっちゃうゾ☆ ひゅうっ! 遂に手に入れたぜぇ! あたしだけの名前と経験と記憶……いわば"本物"をよォ! 愛してるぜぇ? だぁりん♡」


 ペロっとイタズラっぽく舌を出すドッペルゲンガーに、俺は頭を抱えるのだった。制御できぬ力ほど、恐ろしいモノはない……。


「そして浮気は駄目なことなのだな……」

「その線引きもぶっちゃけワケわからんけど……へへっ、燃えたろ?」

「…………」

「……へへっ♡」


 その夜、庭園にて。

 傷付いた友のため義憤に燃える笑顔の姉上に十字架にかけられ、そのまま火炙りに(もや)された。浮気の罪は重い──……。

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