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5 「和服は少女を大人にさせる」



 ──京都、酒上邸。

 古式ゆかしい木製の扉を横にガラガラと滑らせつつ、俺は隣に立つ少女へ声をかけた。


「災難だったな、綾女。夏休みだというのに、妖怪横丁の警邏(けいら)を押し付けられるとは」

「うぅん、そんな。妖怪の皆さんもよくしてくれるし、『午前中だけ』って朱雀さんも気を遣ってくれてたし。それにお仕事だけど……ちょっぴり観光気分で、楽しかったから。刃君とデートしてるみたいで、えへへ……♪」

「そう言ってくれると心の荷がおりる。まったく青龍め。また山籠りで行方をくらませおってからに。どれだけ剣を磨こうと、この無双の戦鬼に勝てるわけがないというのにな」

「あはは……努力するのはいいことだから……」


 そうして二人で酒上邸に入り、ひとまず居間に腰を落ち着ける。昼食の材料は買ってきたが、綾女も慣れぬ仕事で疲れただろう。昼を摂る前に、休憩を挟むのも悪くあるまい。普段から立ち仕事をこなしておるとはいえ、三時間以上歩き回ったのだからな。


「ふぅ……」


 畳の中心に鎮座する長机を挟み、綾女は座布団の上で少し暑そうに着物の襟をパタパタとさせている。


「じぃ……」

「……うん? ど、どうしたの?」


 そんな彼女の身なりをためつすがめつ観察していれば、綾女は大きなアーモンド色の瞳を不思議そうにパチパチとする。

 ──着物。

 現代人の多くが仕事時に背広を着用するように、陰陽局の職員は基本、仕事中には支給された特製の着物を着て職務にあたる。

 一般職員は基本的な白黒の色合いを着用するが、上位職……特に四神ともなれば、仕立てや色合いも上等なものとなる。

 臨時とはいえ白虎を引き継いだ綾女には、主に灰色を基調とした着物が贈られている。所々に虎を思わせるモコモコした毛皮があしらわれており、威厳……はあまりないかもしれんが、綾女の小さな背丈によく似合い、その佇まいは愛らしく映る。

 その甲斐あってか、妖怪横丁の連中も『今白虎いまびゃっこ様』と親しげに声をかけていた。彼女のなりは小さい少女かもしれんが、修学旅行では刀一本で陰陽師と妖怪の戦争を食い止めてみせた。その姿を、妖怪横丁の者共は鮮明に覚えている。妖怪という生き物は、度胸のある人間が嫌いではないのだ。


「うむ」


 そんな今白虎様の着物姿を見て、俺は大きく頷いてみせた。


「いやすまない。やはり日本人は、常より着物を身に付けるべきだと悟っていた」

「あはは……刃君って本当に和服が好きなんだね」

「俺は日本刀にして日本人だからな。そもそも、なぜ現代人は洋服ばかりなのかと甚だ疑問に思う。日本人であれば! 常日頃から和服を着用して生活するべきでは!?」

「ごめんねダンデライオンの制服も洋服で……」


 しまった、熱くなりすぎて綾女が沈んでしまった。そのようなつもりでは!

 気まずげに視線を逸らす綾女に、俺は慌てて首を横に振った。


「いや、違う。違うのだ。綾女を責めるつもりはないのだ……ただそう、綾女の着物姿がよく似合っていると褒めたかっただけなのだ」

「あ、そ、そぉ……?」


 そんな俺の言葉に、チラリとこちらを垣間見る瞳に期待の光が灯る。ここは攻め時と見たぞ!

 前髪をクシクシと弄り始める綾女に、俺は「うむうむ」と何度も頷いた。


「確かに洋服というのもまた、機能性や多様性について優れてはいる。しかし見ろ、この生地の艶やかなことよ。こればかりは、肌を露出するばかりの洋服には出せぬ色気であろう」

「い、色気、ですか……!」

「うむ。着込んでいるというのにどうだ、その上品にも見える艶やかさは。気品ある佇まいは。現代人の子どもの多くは、およそ七五三で初めて着物を着用するのかもしれんが……その晴れ姿を見て親が感動するように、俺は今の綾女の姿にいたく感銘を受けているのだ。そう──美しいとな」

「っ、え、えへ……えへへ……♡」


 無双の戦鬼が思うに、和服は少女を少し大人にさせる。

 普段から小さい身なりを気にしている綾女に、どうやら俺の言葉はなかなかに効いたらしい。幸せそうに頬を緩め、デレデレとした笑みを浮かべている。


「あ、あのね……?」

「うむ、どうした」

「私も、一緒に歩いてる時ちょっと思ってたんだけど……和服同士で歩く私達が……お似合いのカップルに見られてたらいいな~って……♪」

「うむうむ。嘆かわしいことに、京都とはいえ普段着を和服にする者は存外少ない。そのような中でわざわざ着物を着込み、連れ立って男女が歩くというのだ。きっと似合いの若夫婦だと思われたことだろう。スーパーのレジ袋さえ二人で持っていたのだ、間違いない」

「そ、そうかな? そうかなぁっ?」


 嬉しそうな声を弾ませる綾女を、視覚で愛でる。大人っぽく見えることに憧れを抱く乙女の、なんとも愛らしいことよ。


「えへぇ……刃君、刃君っ」

「ああ、どうした綾女よ」

「──ムラムラしてきちゃった♡ セックスしようよ♡」


 ぬあぁぁ! いきなり段階を飛ばすな!

 隙を見せたつもりなどなかったが……既に帯を緩め柔らかそうな谷間を晒す綾女に、俺は冷や汗を抑えつつ手で制す。


「落ち着け綾女。まだ昼だ。昼食もまだであるし、クーラーも稼働したばかりである。その和服には冷却の術式が込められているが、脱いで事を致すとなると綾女の体調が心配だ。分かるな?」

「うぅ……だ、だってぇ……このシチュエーションがぁ……」

「む? "しちゅえいしょん"?」


 何のことだ。

 間抜けにも聞き返せば、綾女は欲しがるように指を咥えながらモジモジとする。


「うん……だってここ、刃君のおうちだし……」

「ふむ……?」

「しかも二人っきりだし……」

「……それが?」

「もうっ。好きな男の子のおうちにお呼ばれされて、しかも二人きりなんてっ……『今日、うちに誰もいないんだ』って恋人を誘う定番のシチュじゃんっ。私、ここに来るまでずっとドキドキしてたんだからねっ。裁判所でもこれは合意とみなされるよっ」

「お、おぉ……」


 プクっと頬を膨らませる綾女に、なんとも言えぬ声で返すことしかできなかった。

 そうか。これは恋人間における重要な場面であったらしい。確かに、黄金週間でここへ綾女が訪れた際には、他の面々も共にいた。二人きりでここへ立ち寄るのは、これが初めてのこと。綾女的には、ここが"ときめきぽいんと"であったというわけだな。

 ハッキリ言うが、俺は休憩がてら昼飯を食うためだけに酒上邸へ寄ったようなもの。決してそのようなつもりはなかったが……ふむ……なるほどな?

 ──閑静な住宅地には街の喧騒もどこか遠く。耳に届くはシャワシャワと鳴く蝉時雨と、風流な風鈴の音色のみ。和室には雅な畳の香りと、愛する少女の甘酸っぱい汗の香りが漂っており、部屋の温度や湿度を体感的に上げている。

 このような環境でまぐわえば……ねっとりしっとりとしたものとなり、さぞや気持ちがよいことだろう。


「……ごくり」

「──今、想像したね?」


 しまった! 淫魔に隙を──!

 思わず鳴らしてしまった喉に、綾女がいち早く反応する。生暖かい笑みを浮かべたまま膝立ちとなり、スススとこちらに寄ってきた。地球の重力に従い、下着に縛られぬ乳房が重そうにゆさっゆさっと揺れている。


「ね、ね? 熱中症が心配なら、そんなガッツリじゃなくてもいいからさ。一通りちょっとだけして、そこからお昼を挟んでガッツリって感じで……ね♡」

「俺がこの魔物を生み出してしまったのだ……」

「ねぇ私の時はなんで引くのかなっ!?」


 ガーンと衝撃を受ける綾女に、俺はしかし嘆かわしそうに首を振る。


「出会った頃は自制心のあるクラス委員長だったというのに」

「あれだよ。小さい頃に遊びを制限された子が、大きくなってそれにのめり込むようなものだよ。仕方のないことなんだよ」

「責任の重みをひしひしと感じている」

「そ、そうだよ? 刃君が私をエッチな女の子にしちゃったんだから。責任、取ってほしいな?」

「言いながら俺の股間を撫でるんじゃない」

「……えへ♡ でもこっちの刃君は嬉しそうだよ? よしよ~し♡ 良い子良い子♡」

「責任の重みをひしひしと感じている──!!」

「じゃあじゃあ責任取らないとね──!!」


 一年前は! 男の股間をねっりとした手つきで撫でながら「良い子良い子」などと口走るような子ではなかった……!


「……あえて言うが。そして先に謝っておくが」

「え、な、なぁに?」

「……綾女は、こうした道の適正もあったのかもしれんなと」

「はっ──!?」

「どうした」


 一年前には下衆共に乱暴を働かされそうになり、それを助けたことに後悔など決して抱いてはおらんが。

 それはそれとして……この肉欲への溺れようを見れば、そうした職務に就いたとしても、もしかすればそれなりに上手くやれたのではなかろうかと。失礼ながらそう思ってしまったのだ。

 そんなこちらの言葉に、綾女はなぜかハッとして口を手で押さえる。さすがに口が過ぎ、気分を害してしまったか。だがそれでいい。まだ部屋も暑く、昼食も摂っていないとなれば快楽より彼女の体調が心配──、


「刃君って分身もできるんだから……複数の刃君に襲われるシチュもできるってことじゃん!!」


 この娘はもう終わりだ──!!

 悪鬼の死んだ目にも気付かず、綾女は熱い頬を両手で包み『やんやん』と首をしきりに振った。


「ふわぁ~~~♡ ど、どうしよう~~~♡ お口もおてても、そして大事なトコも刃君でいっぱいになっちゃうなんて……♡ ね、ねぇねぇ刃君?」

「……おう」

「キチンとお昼ご飯食べてからにするからぁ……ね? お・ね・が・い♡」

「……」


 着崩した着物を身に纏い、上目遣いにおねだりする少女。頬は上気し、白い肌はしっとりと汗ばみ、男の欲望をこれでもかと刺激してくる。先にも言ったが、和服は少女を少し大人にさせるのだ。

 そのむせ返るほどの色香に、この悪鬼が逆らえるはずもなく……。


「…………分かった」

「えへ、えへへぇ……♡ 刃君だいすき……♡」

「……俺も愛している、綾女」

「ようし、それじゃあ腕によりをかけてお昼ご飯を作らなきゃね! 刃君もいっぱい食べないと! 体力がもたないよっ」

「おう……」


 むんっと愛らしく、小さな力こぶを作る少女。このように可憐な仕草を見せる乙女が、およそ先程のような酷い提案をするとは……到底そうは思えぬ愛らしさだ……このいとけなさといやらしさの乖離が俺を狂わせる。


「……ふむ」

「うん? どうしたの刃君。ふふ、刃君も楽しみ?」


 とはいえ……。

 まぁ……。


「……ククク」


 ──いやらしい女の子が嫌いな悪鬼などおらんのだがな!!

 共に立ち上がりつつ……その途中で彼女に口付けをし、不敵に微笑んだ。


「ああ。そうと決まれば、たっぷりと可愛がってやるからな」

「あっ♡ 刃君ったら……えへへ。ね? ね?」

「どうした。やはりやめるか?」

「うぅん──私が泣いても、やめないで……♡」

「言ったな?」

「うん♡ 言っちゃった……♡ あと……私が乱暴されたいなって思うのは……刃君だから……だよ?」

「無論、分かっている。そう本気で言ったわけではない」

「……あは♡ いっぱい気持ちよくなろうね……♡」


 そうして、睦まじい新婚のように二人で台所に立った後……。


 ──午後からはそれはもう。

 肉欲に溺れに溺れる時間を、共に過ごすのだった。

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