第5話 姉とーーーーーー―①
わかってた、どれだけ唇を奪っても、どれだけ翻弄してみても、この人にとって私はどこまで行っても『妹』だ。
子どもの駄々を相手にしてるのと変わらない。はるが浮かべる笑みは優しい受容であり、同時に決して埋まらない溝でもあった。
わかってる、そんなことは、頭では。
でも『ずっと、お姉ちゃんだから』と言われた瞬間に、私の中で何かの形が、どうしようもなく崩れてしまった。
ぐちゃりぐちゃりと脳内で、何かが致命的に溶けていく。
ぼたばたと眼から落ちる雫は、その何かが零れだしていくみたい。
だから、無理矢理に抑え込んだ。そうすることでしか、この人に私の想いがどれだけ取り返しがつかないか、理解してもらえない気がしたから。
だから、唇を奪った、無理矢理に。
そして、真っ暗闇の中、あなたを組み敷いてする、口づけの味は。
苦く、しょっぱく――――狂いそうなほどに甘かった。
腕がはるの首元に触れる。そのまま、手を下に伸ばせば、露わになった鎖骨に触れる。もっと下に伸ばせば、下着に、胸に。
触れる、犯せる。あなたのことを。
別にいいじゃないか、どうせ手に入らないんだもの。
どうせ生涯、私のものになることなどないのだから、なら、このまま全部。
あなたを傷つけてでも、奪ってしまえば、それで――――。
胸が破裂しそうなほどに痛い。ぐずぐずになった心拍と呼吸が、私の中の思考と感情を砂のように崩していく。
そうだ、どうせ、どうせ。
あなたは私を『妹』としか見てくれないのだから。
なら、いっそこのまま、何もかも。
私ごと、あなたすら壊してしまえたら。
少しは、この胸に空いた孔のような、空虚さも埋まるだろうか。
そうすれば、ようやくあなたの妹じゃなくなれるのかな。
ねえ、おねえちゃん。
私を見てよ―――。
……なんて、狂えてしまえたら、それでよかったんだけどな。
このままあなたを犯してしまえば、それで満足できたかもしれないのに。
でも、そうはできなかった。
致命的な一線。
はるの服の中に指が入りかけた、その境目で。
私の手はピタリと止まる。
何をいまさら、もうどうせ無理矢理、唇は奪ってしまっているのに。
こんなことして、とうに許されるはずもないのに。
どうして、そこだけは、手を止めてしまうんだろう。
はるの首元の、白くて柔らかい場所を、そっとなぞりながら零れた息は、重く痛々しい。
わかってる、ここから先は、本当にはるを傷つける。
沢山傷つけて、本当に何をいまさらって話だけれど、これ以上ははるの心が壊れて戻らないかもしれない。
だから、できない。私には。
壊してでも愛して欲しいと、想えるだけの自我すらない。
我ながら、半端が過ぎるね……。
そして、手が止まってしばらくしたころに、はるはそっと腕を開いた。
まるでいつものように、私が取り乱して泣いたときは、そうしていたように。
どこか泣き出しそうな顔で、どこか愛おしそうな顔で。
まるで、妹の苦しみを、どうにか分かち合おうとする姉のように。
そんな表情を見ることすら、今はどうしようもなく苦しいけれど。
でも、少し躊躇った後、結局、その腕に誘われて、はるに身体を預けてしまう。
そうすれば、安心すると、この10年で身体に教え込まれてる。
ああ、やっぱり、この人には勝てないや。
「ごめんね」
その言葉を口にするべきなのは、本当は私なのに。
でも、その腕に包まれてしまったら、結局何も言えなくなって。
甘えるように、ねだるように、その胸に顔をうずめる。
暖かい、心地いい。
ずっと、ずっとそうやって受け止められてきたから。
その感覚が、どうしようもなく、幸せで。
ああ、と思わず涙が溢れた。
もし叶うなら、こんな想い、明日には忘れてしまえばいい。
そうすれば、私たちはまた、ただの仲のいい姉妹のように笑い合えるから。
こんな愛なんて、明日の朝には、夢のように消えてしまえばいい。
そうしたら、またあの頃みたいに、何も知らないまま。
あなたの隣で、ただ笑っていられるはずなのに。
息が漏れる、熱く、震えてる。
そんな息に乗せて、あなたに聞こえないくらい、小さく口を動かした。
言葉になれない拙い五文字は、きっと雨のざわめきの中、何処にも届かず消えていく。
それでいいと、そう想った。
そう想えてしまうほど、あなたに抱かれているこの瞬間は、ただ心地が良かった。
もし明日、この過ちの夢が覚めたなら。
あなたは、笑ってくれるだろうか。
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