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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第5章 姉と妹

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第54話 妹がいない朝

 君ともしもの話を繰り返す。


 もし私達が出会い直せたら、こんな出会い方をするだろう。こんなふうに心を交わすだろう。


 あるはずのない、もしもの話。


 だからこそ、好き勝手に言えてしまう、そんな作り話。


 君は言う、私がきっと君の心を救うって。


 私はそんな話を、眼を滲ませて聞きながら、そうだったらいいのになって願ってた。


 『そんなわけ―――ないでしょう?』


 誰かの声がする。低く冷たい、誰かの声。


 『もしあなたが、くろえと出会ってなかったら』


 それは、まるで私の全てを知っているかのように。


 『もしあなたが『お姉ちゃん』じゃなかったら』


 私の全てを言い当ててくる。


 『あなたはこの子に、手を伸ばすこともできない』


 そんな頭の裏から響く声に、私は何も言えない。


 『だって、あなたは『お姉ちゃん』っていう言い訳が無かったら』


 だから、笑顔を浮かべるふりをして、そっと眼を閉じる。


 『自分のことが―――×××××なんだから』


 ああ。


 既に眠りに落ちかけている君の髪を撫でながら、ため息を吐く。


 愛していると大好きと、むつみ合えば合うほど、胸の中の冷たさはより浮き彫りになっていく。


 こんな、暗くて冷たい想いは。


 明日になったら、全て忘れてしまえばいい。


 縋るように君の手を握りながら、零れた涙をそっと布団の中に隠しながら。


 静かに独り、眼を閉じて。


 微睡みの中、その冷たい夜に私は夢をみた。


 それはどうしてか、独りぼっちの頃の夢だった。


 まだ君と姉妹になんて、なれていない頃の。


 独り布団の中で涙を零す、ちっぽけな子どもの夢だった。




 ※




 『お姉ちゃん』のやり方なんてわからなかった。


 だから、私が真似をしたのは、その時読んでいた本の中の『お姉ちゃん』。


 それは蒼い背表紙の児童書で、二人の仲良し姉妹が、あんな事件もこんな事件も、姉妹の絆を盾に何でも解決しちゃう、そんなお話。


 そのお話の中のお姉ちゃんは、かっこよくて、頼りがいがあって、可愛くて。


 そして何より、妹を誰よりも愛してた。


 『お姉ちゃんが、妹を愛することに理由なんて要らないの』


 それが彼女の決め台詞。


 私は結局、そんな物語の彼女の真似を、ずっとしていただけ。


 拙くて、みっともなくて、どんくさくても。


 心の中で、その『お姉ちゃん』になったフリをしていた。


 そうしていれば、こんな弱い私でも何かが出来る気がしたから。


 本当の、くろえの『お姉ちゃん』になれるような気がしたから。


 そんなだから、きっとずっと、見逃していたのだと思う。


 だって、所詮これはただの真似事。


 何処まで行っても、本物には、『普通』には、私はなれない。


 結局、私は偽物の『お姉ちゃん』でしかなかったのにね。


 そんなことにずっと、気が付いていなかった。


 


 ※




 ぼやっとした視界を、そっとあげる。


 眼元をこすると、少しかゆくて、泣き跡が滲んでいるのが分かってしまう。


 朝の冷たい空気の中、布団をずらしながら、視界を回すと、すぐに異変に気が付いた。


 「…………くろえ?」


 いない……トイレかな。ただ、それにしては隣の布団は、もう随分と冷たくなっている。体温の名残もない。


 ふらふらと覚束ない足取りのまま、バスルームに向かうけど、君の姿はない。


 部屋の隅々まで探すけど、影も形も見当たらない。キャリーケースは置いたままだけど、手持ち鞄だけなくなっている。


 そして、靴箱からは君の靴が忽然と消えていた。


 段々と息が荒くなる、心臓がばくばくと変な音を立て始める。


 まって、携帯。


 そう想って、スマホを触ると、通知欄にくろえの文字があってホッとした。


 よかった、何か連絡来てる。


 お風呂でも行ってたのかな、それか売店に……。


 そう想って、アプリを起動するけれど。


 『ちょっと、行くところがあるから。はるは旅館で待ってて』


 『夜までには戻るから』


 残されていたのは、そんなメッセージ。


 ぽつんと、何かがなくなってしまったような感覚が、胸の中を通り過ぎていく。


 そっか、出かける用事があったんだね。


 この旅には、残り半分目的があるって言ってたし、それのことかな。


 何が起こるか分からないけど、きっとそれはくろえが、独りで向き合わないといけないことなのだろう。


 じゃあ、待ってようか。今はただ、ここで、独りで。


 一つずつ、一つずつ。


 そうやって、自分に言い聞かせる。


 大丈夫、大丈夫。


 心配は要らないはずだから。


 くろえなら、きっと大丈夫。


 そう言い聞かせて、一息ついて。


 ふっと振り返った先に、鏡があった。


 部屋に備え付けの小さな鏡。冬の朝日の中、ぼんやりと光を反射する、その光景の真ん中に私の顔が映ってる。


 色の落ちた―――抜け殻のような、そんな顔が。


 指が段々と震えだす。


 息が段々と小刻みになる。


 不安で不安でたまらない。そんな鼓動に急かされるように、急いで着替えて、そのまま部屋を飛び出した。


 あれ、どうして、私はこんなに焦っているのだろう。


 廊下を走って、女将さんに少し心配そうに声を掛けられた。


 事情を話すと、女将さんは笑って、手を振っていた。


 お連れさん、しっかりした方でしたし、大丈夫だと思いますよ? 今日の夜まで泊りのご予約頂いてますし、そう心配なさらなくても、よろしいのでは?


 そうだけど、そうなんだけど。あれ、じゃあ、何でこんなに?


 こんなに、不安が消えてなくならないんだろう?


 まだ落ち着かない私を見て、女将さんは少し心配そうに首を傾げる。


 私はそれに慌ててお礼を言うけれど、まるで別の誰かが喋ってるみたいな、違和感が消えて失くならない。


 なんで、どうして。


 そんな、言葉が繰り返すまま。


 私はそのまま旅館を飛び出した。


 知らない街、知らない人、くろえの目的地すらわからない。


 わからないけど、それでも私は。


 君を探して、街を走った。


 涙が零れる、息が荒れる、手はかじかんで震えてる。


 でも、それでも、君を探して。


 どうして、そんなことをしているのかすら、わからぬまんま。


 雪が積もる街を、ただ独り駆けていた。


 凍える風が吹きすさぶ中、君の名前を呼びながら。



 ※



 本当は、愛し方なんて知らないの。


 本当は、守り方も知らないの。


 だって、愛されてる自信なんて、なかったし。


 誰かに守られたことなんて、一体幾つあったっけ。


 私にそんな××はないから。


 だから、私の心はずっと、きっと、最初から。


 欠けて、壊れたまんまだった。


 そんな、当たり前でどうしようもない事実に。


 私はまた独りになって、ようやく気が付いたんだ。

 

 私は、結局、初めから―――。

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